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神の花
見上げてくる視線とかち合い、たっぷりと間を置きながら探るように双眸を捉えられ、引き摺り出すべき事柄は無いだろうかと思案されている。
言葉に偽りはない、けれども本当に何も知らないのかと問われれば、候補になりそうな人物くらいは容易く挙げられる。
他に誰も思い浮かばないくらい、最有力とも言っていい程の存在が脳裏へとどまっているのだが、果たして実際にはどのような真実が隠されている事であろうか。
「ヒズルが言うなら間違いないんだろうね。君の事を信じるよ。疑ったりしてごめんね」
程無くして、軽く息をつきながら微笑を湛え、一応は納得したらしい憂刃が声を掛けてくる。
「別に構わない」
「さっすがヒズルってば優しい! それにイケメンだし~、僕結構ヒズルの事好きなんだよ?」
「奇特な奴だな」
「もう! 何その反応! この僕が言ってるっていうのにつれないんだから! あのクソザルも永遠に黙ってくれたら多少は見れなくもないんだけどなあ……。ま、漸様には誰も及ばないけど~!」
「相変わらずだな」
「本当に……、どうしちゃったんだろう。最近おかしいよ、絶対に。君もそう思わない? ナギリは鈍いからなんにも気付いていないみたいだけど、僕には分かるの。今までとは何かが違うって」
緩く波打っている金髪を揺らし、無邪気に笑っていた憂刃がくるりと背を向け、彼を見つめながら何処と無く不安げに声を漏らす。
視線の先では漸達が歩んでおり、そろそろ後を追おうかと踏み出せば憂刃も倣い、暫くは雑踏を二人きりで進んでいく。
誰を視界に収めているのかは、今更聞くまでもない事であり、当たり前に憂刃の世界ではいつでも漸が中心にて佇んでいる。
そんな彼へと虚ろなる想いを馳せ、相槌すら求めていないのであろう言葉がするすると零れていき、耳を傾けながら歩いていく。
「でも、その要因が分からない。見えてこない。絶対に何かがあるのは間違いないはずなのに、やっぱり簡単には見せてもらえないね」
漸を挟んで、ナギリとエンジュが左右へと陣取っており、三人の後ろ姿が視界に映り込んでいる。
程無くしてナギリが一度振り返り、憂刃の居所を確認したのであろう彼は気が済んだようで、再び前を向いて歩いていく。
「そんなに気になるか」
「当たり前でしょ。今までに無かったのだから尚の事気になるに決まってる。思えば、あのガキの時から何かが違っていた……?」
「叶 灰我の件か」
「名前なんてどうだっていいよ。掌の傷は、そのガキのせいなんでしょ」
「まあな。アイツが自らやった事だ」
「そこが引っ掛かるんだよ。なんで? どうしてあんなクソガキ一人の為に自らを傷付ける必要があるの? そんな事今までに無かったのに」
「俺に言われてもな。いつもの気紛れなんじゃないのか」
「そうであったとしても、何かが干渉していなければそんな気紛れすら有り得ない。一体何に心を脅かされているの……? そんなもの僕がみんな消してあげるのに」
視線を注げば、相変わらず一点を見つめている憂刃が映り込み、予想していた通りの事態に陥っている。
理想として掲げている姿でもあるのだろうか、漸が其の身を傷付ける事はおろか、近付いていく何もかもが憂刃には許しがたいようであり、ある意味では武闘派のエンジュよりも余程恐ろしい存在である。
憂刃にとっては神にも等しい青年が、他の何かに気を取られているのではないかという懸念が消えず、それは恐らく間違いないのだろうと感じている。
何に影響を及ぼされているのかを知った時、きっと憂刃は黙っていられないであろうし、真っ先に邪魔でしかないそれを排除しようとするだろう。
漸を大切にしていながら、漸の意思なんて関係がないのだ。
自分の中に築かれている確固たる理想像を壊されるのが、憂刃には何よりも我慢出来ない事なのだろう。
こうして少しずつ、現実とのぶれが生じていく度に、暗鬱たる衝動が傍らの人物をより支配していく。
まだ辿り着けてはいないのだろうが、いずれ漸へと纏わりついている影を知った時、一気に暴発して其のものだけしか見えなくなるのだろう。
果たしてその時には、対峙するべき人物は一体どのような存在だろうか。
物思いに耽りながら携帯灰皿を取り出し、煙草を捩じ込んで歩みを進め、次第に彼等の背へと近付いていく。
興味を失っただけなら、わざわざ手を出させないようにする必要もない。
件の子供を、どうにかしてやろうと画策する者は、ヴェルフェに居たところで今や許されてはいない。
手を出すなと、珍しくお触れがあったようであり、それにも憂刃は納得していない様子である。
「あのガキも、今すぐ消え失せなければいけない存在なのに、どうして守るような真似するの。アイツのせいで傷付いたようなものなのに、なんであんなクソガキが……? 漸様の加護を受けられるの? 何が違うっていうの、何があるっていうの。でも、あのガキ一人じゃ幾ら何でも軽過ぎる。もっと他に何かある……? やっぱりそれは、あの傷と関係があるのかな」
思考を巡らせ、答えを見つけようと躍起になるも、そう簡単には行き着けずに歯噛みしている。
少なからず特別な扱いを受けたことになる子供も、憂刃にとっては許されない存在となった。
今のところは大人しく手を出さずにいるが、いつまで保てる事であろう。
「必ず見つけ出して相応の報いを受けさせてやる。絶対に許さない……」
「案外近くに居るかもしれないな」
「え? 何それ、何か知ってるの」
「いや、そんな気がするだけだ」
「近くに……」
顎に手を添え、何事か考え込んでいる憂刃を尻目に、気配を察したエンジュが振り向いてきた頃には、ようやく追い付いて視線を合わせる。
「おい! 誰も行き先知らねえのにテメエが先頭に立たなくてどうすんだよ! 合ってんのか、こっちで!」
「勝手に歩き出したのはお前だが、今のところ合っている」
「あっそ。合ってんならいいや。んで何処を目指せばいいんだよ仏頂面~」
「とりあえず、イズムという店を探せ」
「イズム~? つかテメ場所知ってんじゃねえのかよ!」
「知っている」
「ならテメエが案内すりゃいいだけだろ! わざわざ探させるとか鬼か!」
「人だ」
「うるせえよ! 言葉の綾ってやつだよ! 真面目に返すなめんどくせェッ!!」
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