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神の花

言葉と共に飛んできた裏拳を避ければ、即座に不満そうな表情を浮かべて盛大に舌打ちを放っている。 「やだ~! エンジュってばダサ~い! やば~ん!」 「うっせェッ!! ぶん殴んぞテメエッ!!」 「きゃ~! こわ~い! 触れられただけで折れてしまいそうな可憐な僕に手を上げようなんて信じられない! 女の子にはもっと優しくしないといけないんだからね!!」 「うおおおスッゲェ苛つくなんなんだよコイツは~! マジで今すぐぶん殴ってやりてえええ!! つうかテメエ女じゃねっ、ぐわっイッテエェ!!」 漸が背を向けている事もあり、後ろから憂刃が踵でぐさりとエンジュの脹ら脛を踏みつけ、今度は盛大な悲鳴が上がっている。 とても仲がいいようには見えないのだが、然して珍しくもない光景であり、思えば顔を合わせれば毎回このような流れを繰り返している気がする。 前を歩いていたエンジュが唐突な痛みに晒されてよろけ、巻き添えは面倒なので腕を掴んで支えてやると、すぐにも体勢を立て直した青年が食って掛かってくる。 「余計な事すんなっつの! こんな奴の一撃でテメエの手なんか借りたら情けねえにも程があんだろ!!」 腹を立てて詰め寄ってくるエンジュを無視すれば、案の定聞けと更なる怒りに身を任せており、本当に騒がしく、それでいて忙しい奴だと思う。 不貞腐れながらも渋々輪へと収まり、ぶつくさ文句を言ってはいるが付いてきており、いつの間にか肩を並べて歩いている。 平常時がすでに怒っているような態度なので、多少声を荒くしたところで何らいつもと変わりなく、そんなに尾を引かない男なのですぐにも気持ちは静まることであろう。 「元気だね。疲れないの?」 不平不満を募らせているエンジュへと漸が振り返り、柔らかな笑みを湛えて問い掛ける。 「疲れるに決まってんだろ! コイツなんとかしてくれよマジで!!」 「憂刃の事……?」 「怖い! 僕なんにも悪い事してないのに!」 「て、言ってるけど……?」 「テメこの憂刃……! 言っておくけど俺ァなんもしてねえぞ!」 「うんうん、そうだね。エンジュもいい子だもんね。ちゃんと分かってるよ」 「お、おい、なんだよこれっ」 エンジュに凄まれて憂刃は前へと躍り出て、すかさず漸の左腕にしがみついて甘えており、状況を存分に楽しんでいるようである。 一方の青年と言えば、収まるどころか更なる苛立ちに駆られている様子であり、拳を震わせて今にも殴り掛かりそうである。 だがしかし、漸は臆する事もなく笑みを絶やさず、柔らかに話し掛けながらエンジュの頭を撫で始めており、思いもよらぬ出来事に流石に動揺している様子が窺える。 「いい子いい子。仲良くしようね」 「なっ、ガキじゃねえっての!!」 「顔が赤いぞ」 「うっせえぞヒズル! ああもういつまで撫でてんだよ、もういいっつの!」 ハッと我に返って逃げるように身を翻し、相変わらずぶつくさと文句を並べながらも照れており、どうやら怒りは何処かへと飛んでいったらしい。 そのような様を見て面白くない者が一人居り、漸の背後から顔を覗かせていた憂刃がエンジュと視線を合わせ、声を発してはいないがテメエ殺すと述べながら今度はそちらが機嫌を損ねている。 仲が良いのか悪いのか、計らずとも同じタイミングで中指を突き立てて威嚇し合っている姿はなかなか滑稽であり、ナギリがふいと顔を背けている姿が見え、肩が小刻みに震えている。 「おいテメ何笑ってんだよ!!」 「いや、笑ってなんて、くくっ」 「あからさまに笑ってんじゃねえか!! 多少隠せよ!!」 目敏くエンジュに気付かれて責められるも、ナギリは謝りながら堪えきれない様子で吹き出し、再び顔を背けて完全に笑っている。 どうやらツボにハマってしまったらしい。 「どいつもこいつもなんなんだよ!!」 「楽しいね、エンジュ」 「楽しくねえし! 一瞬も楽しかねえし、こんなもん!!」 「お前が一番楽しそうだが」 「あァンッ!? テメエの目は節穴かコラッ!」 「至って正常だが」 「ああクソもういいっ……! 疲れる! こいつら疲れる!! で、テメエはいつまで笑ってんだよ!!」 律儀につっこみを入れつつ、肩を怒らせて歩いているエンジュは文句を並べるも、一帯を包んでいる空気は和やかなものである。 「つうかこんな日ィ出てるうちからなんでぞろぞろ歩いてんだよ! 仲良しかっつの!」 「え、俺達仲良しでしょ?」 「う~わっ、一番信用出来ねえ表情と台詞。お偉方が言った時のこの薄ら寒さ半端ねえ」 「お前の口から仲良しという言葉が出てくる点も薄ら寒いな」 「おい、うるせえよ! 律儀につっかかってくんじゃねえよ、ヒズル!」 噛み付かれたところで痛くも痒くもない為、平然と歩いていると次第に目当ての看板が見えてきており、もう少しで着きそうなのだがエンジュは全く気付く様子が無い。 不意打ちで出された手から反射的に逃れ、そう何度も好きに出来ると思うなよとでも言いたげなエンジュが、にこりと微笑む漸を見つめている。 「て、なんでテメエが撫でてくんだよ気持ちわりィッ!!」 「隙だらけだったからなんとなくだ」 「あァッ?! 俺に隙なんかねえし!!」 「て言ってる側から隙だらけだね。撫で撫でしてあげようか」 「ハッ!? なんだこいつらアァッ、こういう時ばっかタッグ組みやがって……!」 何を思うこともなくぽんぽんと撫でてやると、漸も便乗して面白がるようにエンジュへと触れており、完全に金髪の青年は弄ばれている。 「僕も触りたいなあ! ね、いいでしょエンジュ!!」 「おいコラぶっ刺す気満々の顔して近付いてくんじゃねえッ!」 「僕そんな事しないもん! ここでは!」 「あ、フラグ立ちましたね」 「アアァうっせえぇ!!」 「ちょっと~、アンタ達何やってるのよ」 終いには憂刃やナギリまでもが加わって、いよいよ孤立してしまったエンジュが喚き散らしていると、何処からともなく呆れた声が聞こえてきて視線が一斉に向く。 「どれだけ元気一杯なのよ。若いっていいわよね~。向こうまで聞こえてきたわよ」

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