229 / 343

神の花

自然と立ち止まり、一身に視線を浴びながら佇んでいる人物と相対し、発せられた声へ耳を傾ける。 蜂蜜色が煌めき、胸元まで伸ばされた髪は緩やかに曲線を描き、そよ風に吹かれて微かに揺れている。 真紅に彩られている唇には笑みを湛え、順に見つめながら面子を確認しているようであり、時おり髪の隙間から小振りなパールピアスがちらついている。 「げっ! なんでテメエがこんな所にいんだよ!」 「なんでって、私が貴方達を呼んだんだから居て当たり前でしょう? て、もしかして何も聞いてないの?」 「二の句も告がせずに呼びつけられたんだよッ! コイツに!!」 「別に問題ないだろう」 「あらあら、そうだったの。よく来てくれたわね。それにしても、相変わらず騒がしいわね~。顔はいいのに本当に残念だわ」 「テメエに残念がられたところで痛くも痒くもねえよ! またテメエのくだらねえキノコ語りが始まるんじゃねえだろな! ぶん殴んぞテメエッ!!」 「キノコじゃなくてキノトです~! アンタみたいな野蛮人と違って乙君は尊い存在なんですから! 軽はずみな言動は控えてよね、無礼者!!」 「キノコもキノトも大して変わんねえじゃねえか! この前もグダグダグダグダつっまんねえ話ばっかしやがってこのタコッ!!」 「アンタの話よりはよっぽど面白いと思うけど!? 楽して乙君について知ろうなんて100万年早いのよ!」 「じゃあ語んなよ!! っつうか興味ねえよ!!」 「聞かせてあげてるのよ感謝しなさい!!」 騒がしい、と言っていた割には、いつの間にか二人分の声が響き渡っている。 エンジュに負けず劣らず、つい先程までの落ち着いた雰囲気をかなぐり捨て、今では夢中になって言い争いをしている。 とは言え、これもまたすでに見慣れた光景であり、顔を合わせれば決まってこういう流れへと転じる。 「まあまあ、二人とも。それくらいにしておこうか」 他愛ない事柄を、躍起になって責め合っている様を見て、両手を上げながらにこやかに漸が割って入る。 にこやか、とは言っても表向きだけだろう事は明らかであり、実際には何を考えているのか分からない。 だが、それでも場を和ませるには抜群の効果を発揮し、すぐにも視線が銀髪の青年へと注がれていく。 「ああっ……、今日も美しいわね。漸君……」 「摩峰子さんこそ、相変わらずお美しいですね。いつまでも見惚れていたいです」 「や、やだ~! も~! 漸君たら上手いんだから! だ、騙されないんだからね~!! 顔あっつくなっちゃう!」 エンジュを力一杯に押し退けたかと思えば、名を紡がれた摩峰子は恥ずかしそうに両手で頬を押さえ、満更でもなさそうに腰をくねらせている。 パールネックレスが淡く光を帯び、フリルの付いた純白のニットボレロを羽織り、下には濃藍のワンピースを着用しており、踵の高いパンプスを履いている。 きっと誰もが騙されるであろう、それ程までに摩峰子という人間は化けており、女性らしい振る舞いも忘れない。 「摩峰子お姉様! お久しぶりです!」 「きゃ~! 憂刃ちゃん、お久しぶり~! いや~ん相変わらず可愛い~! 食べちゃいた~い!」 「摩峰子お姉様こそいつ見てもお綺麗! 僕なんて足元にも及ばないです~! 美しさの秘訣を教えて、お姉様!」 「もうもう、憂刃ちゃんもお上手なんだから! 何でも買ってあげちゃう!」 「きゃ~! 嬉しい~! お姉様大好き!!」 「おい……、なんだこの茶番。息が詰まんぞ」 「そのまま呼吸を忘れるといい」 「おう。……て、死ぬわッ! フツーに!!」 「また一段と腕を上げたな、エンジュ」 「うるせぇようぜぇよッ!!」 摩峰子の前へと今度は憂刃が躍り出て、嬉しそうに声を弾ませながら抱き合い、一部始終を眺めていたエンジュがあからさまに苦い表情を浮かべている。 「カマ同士の熱い抱擁を眺めて何が楽しんだよ。気が狂いそうだぜ。つか俺らは何しに来たんだよ、此処に」 「ヒズル」 「なんだ」 エンジュの声が聞こえ、次いで名を呼ばれて視線を向けると、漸が顔を向けて佇んでいる。 「どの程度の案件……? 多少は聞かされているんだろう。まさか此処まで来て、つまらない話じゃないよな」 微笑を湛えながらも、値踏みするような視線が這い回り、盛り上がっている摩峰子と憂刃を余所に、静かだけれど有無を言わさぬ言葉が紡がれていく。 「お前が気に入りそうな話かは分からないが、俺達にも関わる事だ。縄張りを荒らす鼠がいる」 「鼠……?」 「それはきっと、摩峰子がもたらす話にも通じている」 「ふうん、そう。仕方ないか。摩峰子さんにはいつもお世話になっているしね。話くらいなら聞いてやってもいい。でも、内容によってはお前に丸投げ」 「楽しませられるよう善処する」 「期待してる」 尊大な言動と共にふっと微笑み、多少は落ち着きを取り戻していたらしい摩峰子と憂刃の元へと近付いていく。 「そういえば摩峰子さん、一体どちらからいらっしゃったんですか?」 「ああ、そうそう! あそこに居たのよ! 電話しながら外に出たら、何処からともなくうるさい声が聞こえてくるじゃない? エンジュだったわけよ~」 「摩峰子さんのお店……?」 「そうなの~! 何処に行ったんだって心配してるかもしれないわね! そろそろ行きましょうか!」 「中には誰か居るんですか?」 「ええ、話をしてもらう為に何人かね。もしかしたらつっかかってくるかもしれないけど、本当は優しくて可愛い子だから許してあげてね~!」 「はい、もちろんです」 身を翻した摩峰子が踏み出したのを機に、後に続いて件の場所を目指し、各々のペースで歩いていく。 「ハァ~、なんかもう疲れたな」 「まだ何も始まっていないわけだが」 「ところでよォ、鼠ってェのは何だよ。ディアルがとうとうやる気出して攻めてきたかァッ?!」 「今のところ奴等は関係ないだろうな」 「なんだよ、つまんねえ。あ、そういや俺よォ、真宮に会ったんだよなァッ」 「ディアルの真宮にか」 「それ以外にいねえだろっ」 「それで、真宮と喧嘩でもしてきたわけか」 「や、飯食って喋ってきた」

ともだちにシェアしよう!