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神の花
あっけらかんと言い放ち、視線を向ければ平然と歩いているエンジュが居り、真宮と過ごしたからといって別段気にもしていない様子である。
「何を話してきた」
「あ? あ~……、なァに話してきたっけなァ」
記憶を探り、低く唸っているエンジュから視線を逸らし、前を歩いている白銀の後ろ姿を見つめる。
憂刃や摩峰子と会話をしながら進んでおり、聞こえていない可能性の方が高いけれども定かではなく、だが今のところ挙動に不審な点は見受けられない。
面と向かっていようとも、そう易々と隙を見せてくれる存在でもなく、寧ろ自ら晒してきたら罠だと考えるべきである。
「最後まで俺が誰なのか分かってねえみてえだったしなァッ」
「ああ、そういえば顔を合わせた事は無かったか」
「ま、絶好の機会だし、懇切丁寧に俺が誰なのか教えて喧嘩しても良かったんだけどよォ、なんかおもしれェからそのまんまにしといたわ。後、勝手に手ェ出したら後が怖そうだしなァ~」
「お前なら許されそうな気もするが」
「表向きだけだろ? 腹ン中では死ぬほど殺されてっかも! ハハハッ!」
言いながら豪快に笑い、一応の遠慮は見せつつもそこまで気にもしていないようであり、相変わらず自由奔放である。
だがエンジュの認識と、漸の心情には多少のズレが生じているようであり、手合わせをする為だけの相手とは到底思えないでいる。
「アイツいい奴だよなァッ」
「真宮の事か」
「おう、なんつうか真っ直ぐ育っちゃってる感じ? アレはモテるわ。色んなとっから。断言する」
「お前に断言されても嬉しくはないだろうな」
「ンな事ねえだろ~! まあ、その真っ直ぐさが仇になる時もあるよなァッ。結構参ってたぜ~?」
「誰が一枚噛んでいると思う」
「ん~? しーらねっ。めんどくせェ事は御免だ」
早々に身を引かれ、厄介事は御免だとばかりに話を打ち切られ、視線の先では目的地へと足を踏み入れていく姿が映り込む。
一足先に辿り着いたようで、漸と憂刃を迎え入れた摩峰子が此方を見つめて手を振っている。
「遠目から見れば女に見えなくもねえなァ~」
「惚れたか」
「ねえよ」
即座に言い切られ、次第に摩峰子との距離が狭まっていき、建物の外観もよく見えるようになってくる。
少し後を歩いていたナギリと共に、程無くして件の場所へと到達し、扉を開けていた摩峰子に招かれながら入っていく。
何度か訪れた事があるので、特に今更新鮮味を感じる要素も無いのだが、周りにとっては恐らく初めての店であろう。
一見すると何処にでもあるようなバーであり、実際に夜になればそういう場として客が集まってくる。
だが、それだけではないのだ。
「ただいま~!」
開店には時間が早く、がらんとしている店内へと足を踏み入れ、エンジュやナギリは物珍しそうに辺りを見回している。
後に続いて摩峰子が入り、扉を閉めてから明るく声を掛けるものの、特に返ってくる気配もない。
「もう! 返事くらいしなさいよね~! まったくいつまで経ってもシャイなんだから!」
「うるせえぞ。それよりこれどういう事なのか説明しろや」
気怠そうな声が何処からともなく聞こえ、奥の壁際にてソファに腰掛けている青年が居り、どうやら彼から放たれた言葉のようである。
見れば向かいには見慣れた後ろ姿が二人居り、殆ど同時に此方へと振り向いてくる。
「きゃ~! 龍妃 ちゃん、ただいま!」
「うるせぇババア」
「ね、見た見た? 可愛いでしょう? あの子がうちの看板息子の龍妃ちゃん!」
「テメエよォ……、何処に行っても安定した扱い受けてんだな……」
何処と無く呆れた様子でエンジュが声を掛けるも、摩峰子は嬉しそうに龍妃へと手を振っているのだが、相手は至って不機嫌そうである。
「あ、なんだお前ヒズルじゃん。お前もいたのかよ。よぉ、久しぶりだよな」
奥行きのある店内にて、観葉植物があちらこちらに飾られており、淡い照明によって彩られている。
テーブル席も用意され、カウンターにも椅子が整然と並べられており、今は静けさが漂っている。
「ああ、久しぶりだな」
「つうことはお前の連れかよ、コイツら皆」
「そういう事になるな」
「ふうん、そうなのか」
主に向かいの席へと視線が集中し、再び前を向いていた漸と憂刃の表情は窺い知れないものの、事を荒立てるような空気は出さないはずである。
龍妃に声を掛けられ、返事をしながら歩いていき、適当に空いている場所を探した結果、漸の隣へと腰を落ち着かせる。
龍妃とは、此処で何度か話をした事がある為に顔見知りであり、向こうもひらひらと手を振っている。
摩峰子に呼びつけられて行く事の方が多いが、心地好い静けさを孕んでいる店内の雰囲気は嫌いでなく、用が無くても時おり足を運んでいる。
「相変わらず秘密が多いね、ヒズル」
「お前といい勝負が出来そうか」
「君には負けるよ」
腰掛けると、そっと傍らから声を掛けられ、互いに視線は向けないままに淡々と交わされる。
俺ですら秘密が多いなら、お前のような奴は一体何と言ってやればいいんだろうな。
「あら!? 後の二人が居ないじゃない! 何処に行ったのよ~!」
「コンビニ行くっつったのテメエが見送っただろうが痴呆かよジジイ」
「あ、そういえばそうだったわね! やだ~、私ったら! て、ジジイとかババアとかよしてよね! お姉さんでしょう!!」
「あ~、へいへい。めんどくせえ」
「ちょっと龍妃ちゃ~ん!?」
会話が繰り広げられている間に、エンジュが隣へどかりと座り、ナギリは憂刃の傍らへ落ち着いている。
面子は揃ったが、相手方にはまだ最低でも二人は加わるようである。
「自己紹介は皆が揃ってからのほうがいいわよね!?」
「そんなもんいらねえよ、めんどくせえ。馴れ合うつもりもねんだから」
「んも~! そんなつれない事言わないでよ、龍妃ちゃん! 皆で助け合いましょ!」
「必要ねえ。自分の身くれェ自分で守れる」
「そりゃ貴方ならそうでしょうけど! でも危ない目にも遭ったでしょう? こういう時こそ! 団結よ!」
「ハァ~……、頭痛くなってきた。とりあえず黙れ。うるせえ」
「参ってる龍妃ちゃんも可愛い~! どうしちゃったの!?」
「テメエのせいだよテメエの……!」
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