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神の花

勢い良く指し示されるも、摩峰子は意に介さず微笑みを浮かべるばかりであり、龍妃からは盛大に溜め息が零れ落ちていく。 「余計な事すんなっつってんのに……。大体テメエらに何が出来るって言うんだよ」 「もう、龍妃ちゃん!」 「うるせえ。お前も頼るところ間違ってんだろ。俺と大して歳も違わねえんだろうし。わざわざ頭下げてこいつらに頼るくらいなら、俺が一人でなんとかする。そんなに特別な事が出来るようには到底思えねえ」 「どうしてそんな言い方しちゃうのよ~。この子達は頼れる存在よ!」 「信用出来ねえ。特にそいつ」 顎で示された先、テーブルを挟んで向かい側には漸が腰掛けており、いつしか店内には険悪な空気が立ち込めている。 急に睨まれ、敵意を剥き出しにされた漸からは、今のところ特に応答は無い。 視線を向ければ横顔が映り込み、前髪に隠されて表情は窺えないけれど、相変わらず唇にはうっすらと笑みが刻まれている。 敵視されたところで、そう簡単にぐらついてしまうような男ではない。 寧ろ気に掛かるのは、よりによって漸が標的にされた事で、憂刃がどれだけ取り繕っていられるかであり、心中ではすでに龍妃は攻撃対象として認識されているのだろう。 此処からでは流石に憂刃の表情までは見えないのだけれど、ナギリが傍らに付いているはずなので大丈夫だろうと考える。 取り返しのつかない行動に出たところで、それはそれで刺激に富んでいて面白いのだけれど、後片付けを思えば今はとどまっていてくれるほうが楽である。 「残念。もっと君と仲良くなりたいんだけど、嫌われてしまったかな」 「テメエからは嘘つきの臭いがする」 「不思議だなあ。まだ会って間もないはずなのに、もう僕を理解したつもりでいるのかな。そんなに簡単な男ではないつもりでいるんだけど」 「テメエ絶対そんなキャラじゃねえだろ。毎日色んな奴相手にしてると分かんだよ。取り繕ってる奴なんて特にな、違和感がスゲェんだ」 噛み付くような鋭い視線で、じっと白銀の正体を暴こうと睨み付けている。 人を見る目はなかなかのようであり、一目で漸が演じている事を見抜く存在は相当に珍しい。 それだけ様々な人間を見てきて目が肥えているのもあるだろうが、それにしてもこうまでアッサリと見破ってくる者はなかなかいないであろうし、少なからず漸も驚いているのではないかと思えてくる。 「そんなに僕の事が気になる? 本当の僕を知りたい……? 教えてあげてもいいけど、此処では少し恥ずかしいかな」 「別にテメエになんか興味ねえよ。テメエみてえな信用ならねえ奴に相談なんかしたくねえってだけだ」 「何に怯えているのか知らないけど、摩峰子さんにはいつもお世話になっているし、龍妃君の事もちゃんと守ってあげるよ。だからそんなに怖がらないで、君には危害を加えようとは思っていないから」 今のところはな、という言葉が今にも聞こえてきそうであり、黙っていられるはずもない龍妃が即座に言い返そうと口を開く。 「ああ、もう! ダメよ! 仲良くしてちょうだい! 龍妃ちゃんたら言い過ぎよ! 漸君達には色々助けてもらってるんだから! 貴方も少しは大人になりなさい!」 「んだと……! テメエそっちの肩持つのかよ!」 「ちょっと、違うわよ! そういうつもりで言ったんじゃなくて!」 「やめとけ。そいつにそんな事言うだけ無駄だ。誰にでも食って掛かりたくて仕方がないんだよ。なあ、寂しがり屋の龍妃ちゃん」 全く話が進まず、熱くなっている龍妃を懸命に摩峰子が宥めようとすると、落ち着くどころか火に油を注いでいる。 傍らでは、エンジュが退屈そうに欠伸をしつつ、腕組みをして眠る体勢に入っている。 漸は笑みを絶やさずに一部始終を眺めているが、心中ではどのような悪態をついているのか見物である。 そんな中で、何処からともなく聞き慣れない声が響き渡り、ぴたりと一瞬動きが止まる。 「テメ柘榴(ざくろ)……!」 「あら、戻ってたのね~! ナイスタイミングよ! もう人見知り爆発しちゃって困ってたのよ~! 龍妃ちゃんたらすぐ悪態ついちゃうお茶目さんなんだから!」 「お茶目の域超えてない? こんなんただのコミュ障でしょ。龍妃ったらダサ過ぎ。お客様にご迷惑掛けないでよね」 「雛姫(ひなき)ちゃんもお帰り~!」 「ただいま、摩峰子姉」 鮮やかな茶髪にスーツを着崩し、金融業と言われたら思わず納得してしまいそうな者が龍妃なら、柘榴と呼ばれた者は対照的に品の良い佇まいをしている。 黒髪で、身長はエンジュと然して変わらないかもしれず、此方も龍妃と同様にスーツを着用しているのだが、ネクタイもきちんと締めていて綺麗に着こなしている。 「カマ野郎が更に増えた、だと……」 寝入ろうとしていたところでの介入に、エンジュが視線をさ迷わせた先に佇んでいる人物を見つけるや否や、ぼそりと呟いた声が耳に入ってくる。 何とはなしに視線を向ければ、女と見紛うような人物が摩峰子の側にて佇んでいるのだが、憂刃と同じ類いで間違いないだろう。 肩に付くくらいの栗色の髪を揺らし、親しそうに言葉を交わしている。 「どうも~。皆さん、こんにちは。雛姫です!」 愛嬌たっぷりに手を振り、龍妃は渋い顔で雛姫を見つめており、摩峰子はにこりと笑みを浮かべている。 柘榴と呼ばれていた者は特に表情を変えず、見慣れぬ面子を順に見つめながら何事か考えている。 「チッ、うるせえのが来やがった」 「龍妃ちゃんには及ばないでしょ~」 「なんだとテメ……!」 「もう、す~ぐ怒るんだからあ。話が進まないからちょっと黙っててよね。柘榴と二人で何処かに行ってくれば~?」 「なんであんな奴と二人きりにならなきゃいけねんだよ、ふざけんな!」 「俺もお断りだな。バカがうつる」 「テメ……!」 次から次へと店内を包み込む空気が変わっていき、今では龍妃が一方的に柘榴へと火花を散らしている。 摩峰子と雛姫は慣れた様子であり、仲が良いのか悪いのかいまいち分からない二人には構わず、本題へ移ろうと唇を開く。 「全員揃ったところでそろそろ始めましょうか! 今日はね、ちょっと悩み事があって皆に来てもらったのよ。忙しいところ本当にありがとう。助かるわ」 摩峰子は佇んだまま、雛姫は龍妃の隣へと移動して腰掛け、全員の視線が一点へ集中する。

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