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神の花

「中を見ても……?」 談笑を余所に、机上から包みを取り上げながら、漸が龍妃へと問い掛ける。 視線を向けると、相変わらず眉間に皺を寄せながらも頷いており、どうやら承諾を得られたらしい。 漸の手には、真っ黒な包みが鎮座しており、其処には何も記されていない。 傍らでは唇を閉ざし、まずは外観を目に焼き付けている様子が窺え、次いでそっと一方の手を添える。 静かに、少しずつ開きながら暴いていき、風に飛ばされてしまいそうな程に小振りな其れを改めていく。 「ヘリオトロープ」 核心へと到達し、幾つかの錠剤が姿を現したところで、聞き慣れない単語が不意に飛び込んでくる。 視線を注げば、龍妃が一部始終を眺めており、彼から発された言葉であるとすぐにも分かる。 「て呼ばれてるみてえだけど。確かな」 「ハァ? ヘリオ、なんだそりゃ。めんどくせェ名前だな」 「エンジュ、無理するな」 「うっせえぞ、ヒズル! 別に無理してねえし!」 「ところで、寝るんじゃなかったのか」 「うるさくて眠れねえんだよ……! 寝れてたらとっくに夢の中だっつの!」 複雑な名称にエンジュが戸惑い、最終的には紡ぐことを放棄している。 なんだかんだと悪態をつきながらも気になるようで、表向きは興味なさそうに漸へと視線を注いでいる。 出回っている、と言うことはすでに何人もが此れを服用し、何かしらの効果を得ているという事になるのだが、果たしてそれはどういう一時へのいざないなのであろうか。 「ヘリオトロープ……。花の名前かな。確かあるよね……?」 「聞いた事くらいはあるが」 「いやいや、ねえよ。どんな日常送ってたらそんなヘドロみてえな名前聞けんだよ」 手元を見つめながら、しとやかに漸が言葉を連ね、相槌を打てば脇からエンジュが身を乗り出し、顔の前で片手を振りながらないないと訴えている。 花からかけ離れた名を放っていたような気がするも、特に気にせず漸の手の平へと視線を注いでいく。 現場を目撃したわけではないので、現段階では同じと言い切れないのだが、近頃周囲へ感じている不穏と通じているに違いない。 持たれている包み同様に、黒く塗り潰されてなかなか見通せず、簡単には尻尾を掴ませない程度には狡猾なようである。 「ヘリオトロープだよ、エンジュ」 「知るかよ、ンなもん。お偉方が分かってりゃ十分だろが。ンで? コレがなんだっつうんだよ。どういう経緯でテメエが持ってんだ」 「客が使おうとしやがったからとりあえずぶん殴って奪っただけだ」 「マジか、見た目を裏切らねえ奴だな! 殴るかよ、フツー! ハハハッ、おもしれェッ!」 「まあ、お前には言われたくないだろうな」 「あァッ? 黙ってろ、仏頂面!」 通ずるものを感じたのか、急にエンジュが上機嫌に笑い出し、龍妃の話を聞いて満足そうにしている。 客、という事は、龍妃と行為に及ぼうとしていたのだろうが、そうなるとかなり限定されてくる。 「あ……? つうことはだ。テメエの客が使おうとしてきやがったって事は……、これってエロいやつかよ!!」 「そうよ! えろいやつよ!! いけないお薬と分かっていながらも正直ちょっと興味がある事を隠しきれない罪を摩峰子は告白するわ……!」 「いきなり割って入ってきてんじゃねえよ、気持ちワリィッ! テメエの興味なんざどうでもいいわっ!! 使いたきゃ使えよ、どんなもんなのか見せてみろっ!!」 「やだ、エンジュったら私の事をやっぱりそういう目で……!? いやらしい! 私をどうする気なのよ! でも私ネコはやらないからね!」 「あああ、うるせえ! 埒が明かねえ! どうにかしろよコイツ!」 憂刃や雛姫と会話に励んでいた摩峰子が、唐突に割り込んでは騒ぎ出し、相変わらずエンジュと盛大に言い合っている。 傍らでは漸が包みへと触れ、折り目に添いながら元の状態へ戻しており、見るからに怪しげであった固形物が再び姿を隠す。 「ヒズル」 「なんだ」 「摩峰子さんて、タチなわけ……?」 「さあな」 折り紙でもするように、丁寧に畳んでいきながらふと素朴な疑問を投げ掛けられるも、然程摩峰子については詳しくもない。 どちらであろうともどうだっていいのだが、珍しく漸は少しだけ驚いた様子であり、控え目に摩峰子へと視線を注いでいる。 「摩峰子姉」 そこへ、つい今しがたまで憂刃と笑顔で語らっていた雛姫が、急に真顔になって摩峰子を呼ぶ。 それだけで察したらしい摩峰子がぴたりと口を閉ざし、途端に反省の意を表しながら言葉を探す。 「あ……。ごめんなさい、軽率だったわ。龍妃ちゃんほど強い子ばかりではないから、その……乱暴された子もいるのよね。今までこんな事無かったのに、最近になって急に出回り始めて……、元を絶たない事には意味がないと思うのよ」 先程までの騒々しさが嘘のように、静けさが降り立って店内を包み込み、一様に視線を逸らして黙り込んでいる。 包まれた物を両手で掴み、見下ろしながら漸も口を閉ざしており、心中なんて知れようはずもない。 悪辣な者が使えば、乱暴された人物と同様の犠牲が積み重なり、殊更厄介な展開へ転がっていくだろう。 正直なところ、それがどうしたという部分もあるのだが、生き辛くなるのは面倒であり、首を突っ込むほうが少なからず楽しめそうである。 「う~ん、改めて一から話してみない? 私もちょっと状況を整理したいし」 「そうですね。お願いします」 「うっ、漸君の笑顔が眩しい……。あ、えっと、ま、まずそれは、漸君が言っていた通りきっとお花の名前よね。似ても似つかない代物だけれど、何か意味でも込められているのかしら」 「花言葉なら……、崇拝、献身、忠実、てところかな」 「え? ナギリなんで知ってるの? すご~い!」 「ああ、いや……、たまたま……」 それほどの意味が込められているようには思えないものの、会話を聞きながら一つずつ情報を仕入れて整理していく。 「ハァッ? たまたま花言葉知ってるとか、どういう人生送ってんだよ。つうか花言葉って何だよ」 「そりゃエンジュには到底真似出来ないような綺麗なナギリに似合う華々しい人生に決まってるでしょ! 頭悪いってホンット可哀想! いいとこなし!」 「うるせえぞ、テメエ! いちいち絡んでくんじゃねえよ、このクソ野郎!」

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