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合縁奇縁

笑えているだろうか。 誰にも、何も気取られる事なくごく自然に、言葉を紡げているであろうか。 「やった~、嬉しいなあ。真宮さんの為なら俺はりきって歌っちゃうよ」 目尻を下げ、柔らかな雰囲気を湛えながら、乙が嬉しそうに笑い掛けてくる。 視線が集中し、急激に居たたまれなさを感じつつも、何食わぬ顔をして静かに珈琲なんて飲んでいる。 そのような場合ではないのに、まるで何事もなかったかのように笑い、語らい、過ごしながらかけがえのない仲間を欺いている。 やめろ、と胸の内で発された一言により、浮かび上がる忌まわしき出来事が乱暴に散らされていく。 あの日、あの時、あの場所で何があったかなんて、もう思い出さなくていい。 忘れろ、忘れろと何度言い聞かせ、ふとした拍子に蘇らせては苛んで、やりきれない想いへと叩き落とされてきたことであろうか。 何考えてるのかなんて、全然分かんねえよな……。 アイツは……、なんで……。 「なあなあ、まみ兄もなんか食えよな~。さっきからずっと珈琲ばっか飲んでるし、俺つまんない」 「これくらい好きにさせろよ。食いたい奴等だけで食ってればいいだろ」 「やだ! 俺はまみ兄と一緒に食べたいの!」 「やだじゃねえよ、ガキか。……ガキだな」 「ガキじゃねえもん!」 珈琲を口にしていると、灰我が身を乗り出し、唐突に我が儘を振り撒いてくる。 溜め息混じりに返せば食い下がられ、フォークを片手に向かいで騒いでいる。 そういえばガキだった、と改めてしみじみ感じつつ、まだあどけない少年の拗ねた表情を眺めている。 今ではすっかり元気になり、こうして顔を合わせる機会も増えて、ナキツや有仁達に可愛がられている。 あれからずっと、目前にて過ごしている少年は涙を見せず、楽しそうに笑ってくれていてホッとする。 脅威は去ったようであり、日常を奪われる事なく朗らかに生きられている様に、自然と頬が緩んでいく。 「コレ美味しいぞ!」 「そりゃ良かったな」 「あ、信じてないだろ! 一口食べさせてやる!」 「いらねえよ、お前が食え」 「やだ! 絶対美味しいから食ってよ、まみ兄!」 「だからいらねえって言ってんだろ……。しつけえぞ、灰我」 「あ~、手が疲れてきた! まみ兄が食べてくれないと俺が食べられない!」 「お前な……、何意地になってんだよ。食わねえって言って……、なんだよ。お前ら、何見てんだよ」 どうしてか灰我は、味わわせたくて仕方がないらしく、食べていた紅茶のシフォンケーキへとフォークを差し込み、腕を伸ばしてさあ召し上がれとばかりに一口分を差し出してくる。 さっきからずっといらないと首を振っているはずなのだが、全く受け入れてもらえないどころかどうでもいいらしく、なんとかして食べさせようと少年は躍起になっている。 ふと周りを見れば、三人から視線が集まっており、総じて何やら楽しんでいるかのような空気を察する。 「一口くらい食べてあげたらいいじゃないすか~! がっちんに、はいあ~んてしてもらえて良かったッスね、真宮さん! 早く食べてあげないと可哀想ッスよ~?」 「その手があったか~って感じだよね。流石に灰我君が相手じゃ、真宮さんも観念するしかないんじゃないかなあ。有仁だったら顔面パンチでもお見舞いしてやればいいけど~」 「ちょっとなんすか、聞き捨てならないんすけど! 真宮さんが俺を拒むわけないじゃないすか、もうオツったら分かってない! てなわけで俺からもどうぞ! フルーツミルクレープっすよ! 絶対美味しいから信じて!」 「ふ~ん、じゃあ俺からもお裾分け。チョコモンブランだって~」 面白そうに囃し立てていたかと思えば、有仁や乙までもが参戦してきて、向かいからにこやかにケーキを食べさせようとしている。 「うっ、お前ら……」 真似するなよ、と灰我が文句を連ねるも構わず、有仁と乙は楽しそうに笑いながら身を乗り出しており、困惑しながらつい助けを求めるように傍らへと顔を向けてしまう。 直ぐ様ナキツと目が合い、相変わらず穏やかな笑みを湛えており、一部始終を優しげに見守っている。 「ナキツ……」 「これはもう、観念するしかなさそうですね」 「おい、なんでそうなるんだよ……。俺は絶対に食わねえぞ」 「真宮さんこそ意地になっているようですね。いいじゃないですか、たまには。迫られて焦っている様子がとても可愛らしいので、俺も参加していいですか」 「あっ、テメ裏切ったな……」 窮地を救ってくれるかと思いきや、ナキツまでもが微笑みながらケーキを差し出してきて、方々から迫られて絶体絶命である。 味方はおらず、食べない事には逃れられないようであり、どうしてこうなってしまったのかと問いたい。 一同を順に見つめて溜め息を漏らし、視線を泳がせるも現状は変わらなくて、これはもういよいよ観念するしかないようである。 「まみ兄! 俺の俺の! 俺が一番!」 このような時ばかり腹を括れずにいると、ライバルが増えた事で灰我が大いに主張を始め、一番に食べてもらいたくて仕方がない様子である。 どれから先に食べようが変わらない気もするけれど、聞き入れてやらないと本格的にむくれそうなので、はあと溜め息をついてから少しだけ身を乗り出して口を開け、差し出されていた一欠片を含んでやる。 「何見てんだよ。食ってやっただろ」 「あっ……、うん」 灰我は目をぱちくりさせ、何処か惚けた表情で見つめており、なんだかんだで素直に応えてもらえた事で嬉しさが先に立ち、感情の整理が行き届いていない。 視線が集中して恥ずかしく、余所見をしながらもぐもぐと口を動かし、時おりごまかすように珈琲を飲んでみる。 「はいはい! まだ終わりじゃないすよ、真宮さん! 後がつかえてるんすから!」 「うるせえなあ。なんでお前らまで便乗してんだよ、恥ずかしい奴等め」 とは言いながらも、拒みきれない事を察して諦め、有仁、乙、ナキツの順に一口ずつ頬張り、かったるそうにしつつも大人しく好意を受け入れる。 先程よりも、周囲は顔を綻ばせてとても嬉しそうにしており、こんな事くらいで喜ぶなんてバカな奴等だとは思うものの、この程度でそんなに幸せそうな表情をしてくれるのなら安いものかとも思えてしまう。 「味が全部混ざっちまった……」

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