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合縁奇縁
甘い、とにかく甘い。
しかめっ面をして、混ざり合うクリームを押し流しながら、一口ずつ差し出されたケーキを片付ける。
大嫌い、という程ではないけれど、自分から好んで食べたいとは思わない。
甘党よりは、辛党であり、酒でも飲みながら煙草を吸っているほうが遥かに落ち着くのだが、此処ではそうもいかない。
面子から考えても、有仁がすでに大の甘いもの好きである為に、残念ながら日頃から振り回されては付き合わされてばかりいる。
今ではすっかり慣れたものだけれど、こんなにも甘ったるいものをよく嬉しそうに食べていられるものだと、口に含みながらつい考えてしまう。
口蓋へとクリームが触れ、なんだかこそばゆく感じてしまうも、黙々と与えられた気持ちを味わう。
「真宮さんが食べてくれるなんて珍しいッスね~! いつもならいやだの一点張りで絶対拒否るのに!」
「散々いやだっつっただろうが」
「流石の真宮さんも、がっちんのおねだりには応えてあげちゃうんすね~! あの鬼のような、いや鬼でしかない真宮さんにもまだ人間らしい部分が残っていたのかと思うと……、俺超感動ッス……!!」
「有仁……、お前も今すぐ可愛がってやろうか」
「笑顔が爽やか過ぎてスーパー怖いんで遠慮するッス……!」
拳を鳴らし、にこやかに微笑みながら申し出ると、有仁は即座に身を引く。
相変わらず好き放題に連ねられ、言葉通りに可愛がってやろうかと目論むも、学習能力が高いようでまんまと逃げられてしまう。
テーブルに阻まれては距離も詰められない為、ふんと鼻を鳴らしながら見逃してやり、口内にはまだ甘ったるさが残っている。
様々な味が溶け合うも、一様に蕩けるような甘さを纏っていて、滅多に口にしないせいか少しばかり新鮮に感じられてしまう。
「なあなあ、どれが一番美味しかった? 答えてよ、まみ兄!」
「ンな事言われたって……、全部混ざっちまってわけ分かんねえよ」
「俺のが一番美味しいに決まってるじゃん!」
「聞けよ、おい。だから分かんねえって言って」
「俺の!」
「はあ……、分かったよ。お前のが一番美味しい。お前が一番。はいはい」
「だろ~!」
にこ、と花が咲いたかのように笑い、本当に嬉しくて仕方がない様子であり、灰我は顔を綻ばせている。
殆ど無理矢理に言わされたのだけれど、それでも満足そうに歯を見せて笑っている姿を見ていると、ついつられて笑んでしまう。
誰もが優しげに笑み、幸せな空気に満ち溢れており、とても和やかで尊い一時が刻まれている。
壊したくない、けれども自分には端から此処に居られる資格なんてなくて、すでに粉微塵に壊しているようなものなのだ。
忘れてしまいたい、忘れたはずなのに、どうして未だに思考へと纏わりついてくるのだろうか。
刻也に会えた事で心を救われ、また前を向いて歩けるようになったはずなのに、結局はこうして隙を突かれて入り込まれてしまう。
幸せを感じる程に、罪悪感を積み重ねて、いつまでも欺いている自分に嫌気が差して、それでも全てを明かす勇気もなくて、去られるのが怖くて、現状に甘んじてはいつまでも忘れた振りをしている。
視界にちらつく白銀を追いやって、それなのにまたふとした拍子に思い出して、憎くて仕方がないはずなのに、重ねた身体の温もりを排除しきれないでいる。
「あっ、そういえば聞きたい事あったんだ」
「え。なになに、がっちん。この頼れる有仁お兄さんが何でも答えてあげよう!」
「え~、別に有仁の事は大して頼りにしてないし」
「相変わらず冷たいし酷いし呼び捨てだし……!」
気が済んだのか、再び味わう事に集中していた灰我が、何やら思い出した様子で声を上げる。
有仁がにこやかに言葉を返すも、素っ気ない態度を取られて撃沈しており、乙がよしよしと頭を撫でて慰めている。
「攻めって何? ボーイズラブって何!?」
好奇心のみが先行し、灰我は一同をぐるりと見回しながら口を開き、いつかの質問を再び紡いでいる。
「えっ、何を聞かれるのかと思えばそれ……? それ聞いちゃう? がっちんてば、えっち~!」
「な、なんでそうなるんだよ! て、有仁知ってるの!?」
「知ってるも何も~、なあ! ナキツ!」
「なんで俺に振ってきたのかな。怒るよ、有仁」
「めっちゃ優しそうな微笑みなのにめっちゃ怖いんすけど……。じょ、冗談じゃんナキっちゃん」
冗談めかしてナキツに振れば、微笑みながらも冷え冷えと突き放されてしまい、有仁は顎を掻きながら視線を逸らしている。
「灰我君は、何でそれ知りたいの~?」
「ん? 綺麗なお姉さんがボーイズラブしちゃいなさいよ! て言ってたから」
「綺麗なお姉さん……、詳しく聞きたいなあ。ふうん、だから気になっちゃったんだね~」
有仁の隣から顔を出し、灰我へと緩やかに言葉を並べ、乙が笑みを湛えながら話を聞いている。
そんな事を前にも聞かれた気がするなあ、なんて思うも今の今まですっかり忘れており、灰我もたまたま記憶が蘇って聞いているだけなのであろう。
「うん! 知ってるの? 教えて!」
「うん、いいよ~。灰我君が、まみ兄に恋しちゃうって事だよ」
「へ? 俺が、まみ兄に……?」
「うん、そう」
「ちょちょちょ、オツ……! めっちゃ偏ってんすけどその言い方!」
「別に間違ってないでしょ~。男同士の恋愛だよ。灰我君がまみ兄の事を好きになっちゃうんだよ~」
「俺もう好きだよ!」
「う~ん、その好きとはちょっと違うかなあ。灰我君、まみ兄とえっちし」
「わ~! オツやめろ~! 白昼堂々何言っちゃおうとしてんすかっつうかがっちん相手にやめて! 汚れを知らない純真無垢ッスよ守りたいこの真っ白さ……!」
「え~、そろそろ気になるお年頃でしょ~。それにヒトヒトがそう思ってるだけで、実はすんごい進んでるかもしれないじゃん」
「進んでたらこんなあっけらかんとそんな事聞いてこないっしょ! がっちん全て忘れろォッ!」
半ば呆れながら見守っていると、主に有仁が大騒ぎしながら乙と灰我を交互に見て、やれ口を塞いだりして慌てている。
リアクションが面白過ぎて話をあまり聞いていなかったのだが、件の意味は計らずとも今になってなんとなく分かってしまった。
「どうかしましたか、真宮さん。そんなに見つめて」
「あ、悪い……」
「どうして謝るんですか? 何か言いたそうですね」
「あ、いや、別に……、何もねえけど……」
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