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合縁奇縁

静やかな双眸へと映り込み、途端になんとなく気まずくなって口ごもり、ばつが悪そうに視線を泳がせては逃れようとしてしまう。 そんなつもりはなかったのに、気が付いたらナキツを見つめてしまっていて、かといって特に何かを考えていたわけでもない。 聞き慣れた声に鼓膜をくすぐられ、柔らかに言葉を連ねられて視線を合わせられず、あからさまに不自然な態度を取ってしまう。 それでもナキツは、何を咎める事もなく笑みを湛えており、暫くは穏やかな視界へと映り込ませている。 「なんだよ……。じろじろ見てんじゃねえよ」 「先に見てきたのは、真宮さんのような気がしますが」 「うるせえな、俺はいいんだよ」 「そうですね。真宮さんならいいですよ。俺で良ければいつでも見て下さい」 ふ、と笑われ、おずおずと視線を向ければ目が合い、ナキツは相変わらず温和な雰囲気を纏っている。 何も考えていなかった、なんて実際には嘘だ。 途切れ途切れに、向かいから会話が飛び込んできて、脳裏へと過ろうとする出来事を追いやっている。 嫌悪ではない、決して忌々しいわけでもない、其処には負の感情なんて一切有りはしないのだから。 けれど、何にも答えられなくて、現状を少しでも変えてしまう恐れを僅かながらに抱いて、知らず知らずのうちに考えるべき事柄から視線を逸らしている。 それでも彼は、傍らにていつも優しげに微笑んで、ずっと安らかな居場所を残してくれている。 いけないと分かっていながらも甘えて、付け込んで、結果こうしてうやむやな日々を過ごしながら彼等と楽しげに笑っている。 「じゃあ、攻めって何なの?」 「う~ん。灰我君はさ~、まみ兄の事が大好きなんだよね」 「うん! 俺まみ兄の事大好きだぞ!」 「それならさ~、灰我君はまみ兄の事をどうしたいと思っているのかな~」 「ん? どうしたいって……?」 「うん。ほら、まみ兄を抱きた」 「わ~! もうこの話題は打ち切りッスよ! がっちんの教育に良くない良くない良くない! オツも面白がるなよな!」 「俺は灰我君の事を思って懇切丁寧に答えているだけだよ~」 有仁に肩を揺さぶられながらも、乙は調子を崩さずに言葉を紡いでおり、何処と無く楽しそうである。 途中で打ち切られてしまい、灰我は状況を呑み込めずにぽかんと口を開き、有仁と乙のやり取りを大人しく見つめている。 「俺がまみ兄をどうしたいか……?」 独白してから顔を向け、視線に気付いて目が合う。 食い入るように見つめられ、何見てんだよと文句を投げ付けても動じず、飽きもせずに眺められている。 無垢な視線へと晒されて、そっぽを向いたところで双眸からは逃れられず、一体何が楽しくてそんなにも見つめてくるのだろうか。 「俺まみ兄ともっと遊びたい!」 つい先程まで真面目な表情を浮かべていたかと思えば、急にへらっと笑って結論に達し、あまりにも能天気過ぎてつられてしまう。 「お前のお守りなんてごめんだな」 「なんだよ、それ~! また俺のことガキ扱いしてるだろ!」 「実際ガキなんだから仕方ねえよなあ。黙ってケーキでも食ってろよ」 「じゃあ大人のくせにガキっぽいまみ兄はどうなるんだよ~!」 「誰がガキっぽいだこの野郎」 「わはは、そういうところじゃないッスか~!?」 大笑いしている有仁を余所に、溜め息を漏らしながらも笑みだけが零れて、灰我も幸せそうに食べては軽口を叩いている。 ガキっぽいは心外だけれど、真っ向から注がれる好意はやはり居心地のいいものであり、笑っている姿を眺めているだけで容易く心が和んでいく。 「あ、そうだ。有仁に聞きてえ事があるんだった」 「え、なんすかなんすか。何でも言って下さいッス!」 自然と笑みで溢れていく中、そのうち聞こうと思っていた事柄をふっと思い出し、向かいで楽しそうに過ごしている有仁に声を掛ける。 直ぐ様有仁は声を上げ、にこりと親しみやすい笑みと共に視線を向け、後に続くであろう言葉を待っている。 「芦谷って覚えてるか」 「芦谷ッスか? う~んと……」 問い掛ければ、有仁は唸りながら首を傾げており、記憶をせっせと漁っているようである。 「それって確か……」 「あ~、分かった! 族潰しの咲ちゃんすね! 覚えてるッスよ、もちろんッスよ、忘れるわけがないじゃないすか~!」 いや今忘れてただろ、なんて誰かしらは思っていそうな最中で、有仁はスッキリした様子で笑いながら、うんうんと頷いている。 言い掛けていたナキツにも、どうやら当時の記憶が未だ宿っているようであり、回答を聞いても訂正するような素振りすらない。 意外とすんなり引き出せて、そういえば名前までは知らなかったなあと思うので、他にも有仁ならば何かしら握っているのではないかと思えてくる。 「でも何で今なんすか」 「いや、最近ふっと思い出してよ……。そういやアイツに全然会わなくなったけど、今何してんのかなって」 「わは、何してんのかなって友達すか!」 「そんなんじゃねえよ。まだケリ着いてねえし」 「あ~、まあそうッスよね~。でも真宮さんと咲ちゃんじゃ一生ケリ着かないような気ィするんすけど」 「何言ってんだ俺の方が強いだろ。で、今アイツ何処で何してんのか知らねえか」 「ん~、族潰しの咲ちゃんすか~。そういやぱったり見掛けなくなったッスもんね~。俺もそれに関してはあんまし情報ないんすよね~」 言いながら携帯電話を取り出し、指を滑らせながら液晶を眺めている。 やはり一筋縄ではいかないか、とは思いつつも、一体どうして芦谷の行方を気にしているのだろうか。 友達でもなく、寧ろ敵として互いへと立ちはだかっていたというのに、今になって追い求めている。 会えたからといって、何がどうなるわけでもないのだけれど、どうしてか忽然と姿を消してしまった彼の事を近頃気にしてしまうのだ。 「咲ちゃん……? なんか、どっかで聞いたことあるような……」 話を聞いていた灰我が、難しい顔をして呟き、何かを思い出そうと首を傾げている。 少年の様子には気付かず、有仁と会話を続けながら記憶を探り、思い出にて佇む存在を手繰り寄せようとする。

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