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合縁奇縁
「族潰しなんて言われて恐れられてたけど、そんな通り名からは想像も出来ないくらいの美人さんッスよね~! 彗星の如く現れて忽然と消えちゃうなんて、何処までも謎多き人物ッスね! 咲ちゃんてば!」
片手で器用に携帯電話を操作しながら、もう一方でグラスを持って顔へと近付け、ストローからジンジャーエールを飲んでいる。
見目形も思い出しているようであり、いつかの光景を脳裏へと蘇らせながら、何処と無く懐かしむように有仁が語っている。
「芦谷か……」
視線を下ろし、手元を見つめながらそっと呟き、闇夜にて一人佇む青年を鮮明に思い出していく。
大抵が夜であった為、夜陰に紛れている姿が印象的であったけれど、それでも確かに綺麗な顔立ちをしていたという覚えがある。
常に一人で、誰とでも一定の距離感を保ちながら接し、決してその先へと近付かせようとはしなかった。
冷めきっていて、それでいて全てを諦めているような憂いが、芦谷と顔を合わせる度に立ち込めていた。
感情の機微を見せず、声を荒くするような事もなく淡々としていて、そういえばまともに笑ったところなんて一度も見た事がない。
微かに笑んでも、それは到底朗らかさからは程遠く、何処か自嘲しているように映り込んでいた。
友人でもなければ、対立しているわけでもなかったけれど、手合わせでしか彼と語れる機会がなかったので、よく喧嘩していた。
なんとなく放っておけなかったのかもしれない。
今となっては、本当にそうであったのかも分からないけれど、少なくとも族潰しだなんて物騒な名で呼ばれていた割には、彼を取り巻いている空気はずっと静けさに満ちていた。
「顔に似合わず凶暴な奴だったよな」
懐かしむように笑い、穏やかさを滲ませる。
当人を見れば、そういうつもりなんて端から無かったのだろうと察するが、方々で壊滅的な被害に追い込まれていった群れは多い。
繰り返されていくうちに、尾ひれも付いていつしか族潰しだなんて囁かれ、畏怖の対象として未だに君臨し続けている。
噂だけを耳にして、本人には出会ったことがないという輩も多いだろうけれど、まさかあんなにも血生臭い世界に似合わぬ青年だとは、流石に易々とは想像出来なさそうである。
見た目は涼やかで、一見物静かそうに思えるけれど、戦い方は対照的に雄々しく攻め込んでくる。
それがとても楽しくて、心地好くて、一筋縄ではいかない相手との戦いは高揚し、スリルがあり、容赦する必要もないので存分に、そして純粋に駆け引きの出来る数少ない存在である。
そういえば、アイツの戦い方は少し漸に似ている。
あそこまで非道で、自分本意な進め方はしないけれど、足技に重きを置いている点では似通っている。
「それでも、アイツなんかとは違う……」
「何か言いましたか?」
「いや、何でもねえよ」
無意識に唇から零れ落ちて、傍らから声を掛けられた事でハッと気付くも、努めて平静を装いながら言葉を返す。
何を考えていても、隙を突いては白銀が滑り込む。
落ち着かせるように目蓋を下ろし、息をついてから記憶を整理し、再び行方知れずの芦谷へと意識を注いでいこうとする。
「もしかしたら真宮さんの相手するのが面倒になって逃げちゃったんじゃないすかねえ、咲ちゃん」
「ンだよ、それ」
「だって真宮さん、咲ちゃんに会うとスッゲェ嬉しそうな顔してたじゃないすかァッ! 完全に獲物を見付けて捕食態勢に入るけだものの目ェしてましたよッ!」
「お前な……、俺を一体何だと思ってんだよ」
「人の皮を被った獰猛な肉食獣だと思ってるッス! あ、冗談すよ冗談ここ笑うところッスよアハハハハッ!!」
ぶん殴ってやろうかな、とは思いつつも身動きが取れない為、後に取って置こうと溜め息を漏らしながらやり過ごす。
嬉しそう、と言われたけれども確かに芦谷との遭遇は、自分にとっては大層好ましい出来事であった。
拳を交えるのが楽しくて、いつまでも決着がつけられないくらいに拮抗していた関係が、密やかに居心地の良さを感じさせていた。
芦谷にとっては、そうではなかったのかもしれないけれど、彼との一戦は今でも気持ちのいい思い出として脳裏に宿っている。
「あ、颯太? 今何してんの? ふ~ん、そっか。家に居るんだ」
今や遠い出来事に想いを馳せていると、向かいからの話し声に気が付き、視線を向ければ灰我が携帯電話で語らっている。
颯太、と言っていたけれど、恐らく同級の友人なのであろう。
「もしかしてさ、咲ちゃんて人も一緒に居るの? ほら、前に話してくれた事あったじゃん。確かそういう名前だったなあって、思ったんだけど」
聞き耳を立てるつもりはないのだが、なんとなく大人しく過ごしながら珈琲を飲んでいると、灰我の唇から滑り落ちた台詞に一同の視線が一気に集中する。
そうして各々と目を合わせるも、いやいやそんなまさかと誰もが思っており、それでも気になって経過を聞き入ってしまっている。
「え、今お菓子作ってくれてる? へ~、そうなんだ。料理上手なの? うんうん、いいなあ。すっげぇ旨そうじゃん」
喋りながらちらりと視線を注がれるも、現在お菓子作りと芦谷を結び付けられなくて混乱している。
いや絶対にそいつは違うだろ、とは思いながらも気になってしまい、灰我の応答から拾い集めた情報を少しずつ整理している。
どういう人物であるかなんて全く分からないのだから、もしかしたらそういう趣味もあるのかもしれないけれどもいやしかし、と眉を寄せて熟考する。
お菓子作りをする族潰し? いやいや、ちょっと待て。俺の知ってるアイツと違う、誰だよそいつ。流石に人違いだろ。
何かよく分からないけれども絶対に違う、と思い込もうとしながらも、どうしてか切り離せないでいる。
「え、これから遊びに行ってもいいの? 一人じゃないけど……、俺も紹介したい! うんうん、分かった! 行くな~!」
満足そうに通話を終え、当初の目的をすっかり忘れている様子の灰我が、携帯電話をしまいながら嬉しそうに笑っている。
「まみ兄、これから颯太んち行こう!」
「ハァ? なんで俺が数に入ってんだよ」
「まみ兄のこと紹介してえもん! 颯太も咲ちゃん紹介してくれるって言ってたし!」
「いや、つうかその咲って……」
「まみ兄が探してる人かもしれないじゃん!」
「絶対に違うだろ……。本人だったら腹抱えて笑うけどよ」
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