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合縁奇縁
有り得ない、とは思いながらも否定しきれず、笑顔の灰我と視線を合わせる。
「大体そいつは男なのか? たまたま名前が同じってだけで、お菓子なんて作ってるくらいだから姉ちゃんとかじゃねえのかよ」
「たぶん男だよ! だってさ、颯太が兄ちゃんで姉ちゃんで母さんみたいな人だって前に言ってたし!」
「兄ちゃんで姉ちゃんで母さんみたい……?」
目を輝かせ、それはもう楽しそうに語ってくれているのだが、言葉から推測するには難しいところだ。
時には姉、時には母、と表されるならばまだ納得も出来るのだが、其処へ兄が割り込んでくるのは一体どういう事なのであろう。
思い描いてみるものの、あからさまに間違った想像をしている気がして、困惑した様子で周りを見る。
ナキツ、有仁、乙も考えているのか、揃いも揃って難しい顔をしているものの、たぶんきっと女性らしさを兼ね備えた男性を思い浮かべているような気がする。
「つまりアレだ、オネエって事すか!?」
「あ、お前……。俺が思っても言わないようにしていた事をアッサリ言いやがって……」
「いえ、まだそうと決まったわけでは……」
「族潰しの咲ちゃんは、実はオネエって事でいいのかな~?」
いや、待て待て! 話がどんどん変な方向に行っちまってるぞ!
何処まで巻き戻せばいいのかと、頭を悩ませながら視線を注ぐも、依然として灰我は大層楽しんでいる。
少年の話に登場している咲が、本当に共通している人物なのかは定かでないが、とりあえずどうしても一緒に其処へと行きたくて仕方がないようだ。
「ところでその……、颯太君だったかな。彼の名字はもしかして」
「颯太は芹川だよ! 芹川 颯太!」
「芹川、ですか」
「て、おい。だったら全然違うじゃねえかよ。俺が捜してんのは芦谷だ芦谷」
「あ、そっか。じゃあ人違いかな? おんなじ名前だったからもしかしたらそうなのかなって思って!」
「まあ名前がおんなじ奴も何処かにはいるだろうけどよ……。少なくとも、お前のお友達んとこの咲ではなさそうだな」
「ふ~ん、そっか。でもいいや、まみ兄行こう!」
「ハァ? だからなんで俺まで……」
「いいじゃん! 行こうよ、まみ兄! たまには俺の我が儘聞いてくれてもいいだろ!」
「いつも聞いてやってんだろ……。俺がどれだけ付き合わされてるか説明してやろうか……」
人違いなら尚のこと用事なんて無いのだが、それでも灰我は連れて行きたくてたまらないらしく、我が儘を振り撒いている。
どうしてそんなにも行動を共にしたいのかよく分からないが、首を縦に振るまでしつこく纏わりつかれるのかと思うと頭が痛くなってくる。
「いきなり真宮さんが現れたら、こ、殺される! て思って気絶しちゃわないすかね~! そのお友達!」
「大丈夫だよ! 俺がちゃんとまみ兄のこと見張ってるし!」
「お前らな……」
俺を何だと思ってんだよ、という言葉を呑み込んで息を吐き、いちいち反応を示していくのも面倒臭くなっている。
「本当に真宮さんの事が好きなんだね」
少々げんなりしつつ、口を閉ざしていると、傍らからの発言に気が付く。
「うん! 俺さ、まみ兄の事スッゲェ好き!!」
ナキツからの言葉に、灰我は一層笑みを深めて、とても幸せそうに、心の底からの気持ちを乗せて答えてくれている。
「何言ってんだよ、バカ……」
「あ、真宮さん照れてるッスね!? 照れてる照れてる! 今だがっちん追い討ちかけるんすよ!」
「え? え? なになに、どうしたらいいの?」
「うるせえな、黙ってろよ。テメエ有仁、後で覚えとけよ」
「忘れっぽいところが俺の長所ッス! 店出たらソッコー逃げよ……」
ぼそりと呟く有仁を余所に、ナキツや乙と言えば、優しげな笑みを湛えてやり取りを見守っている。
真っ向から好意をぶつけられ、思わず照れて視線を逸らしてしまうも、自然と笑みが浮かんでいる。
何度も掬い上げられる、堕ちても、堕ちても、幾度となくその笑顔に、言葉に、取り巻いている優しさに救われている。
「あ、ごめん。俺そろそろ行かなくちゃ~」
柔和な雰囲気に満ちていると、乙が腕時計へと視線を下ろしてから声を上げ、別れが近い事を察する。
「お、そっすか! 残念すね~! またそのうち遊ぼうぜ!」
「うん、もちろん。また皆で遊びにおいでよ~」
両手をひらひらと振りながら、緩かな空気を携えつつ乙が笑い、身仕度を整えている。
「どうなったのか後で聞かせてね~。俺も気になるからさ、謎のオネエさん」
「もちろんッス! また後で連絡するなー!」
「うん、ありがと~。では皆さん、またね~」
にこやかに応え、乙は面々を順に見てから立ち上がり、次の予定に向けて去っていく。
大分長居しているように思えるので、これを機に立ち去りたいところなのだが、まだ話は終わってないとばかりに灰我が食らい付いてくる。
「皆で一緒に行こうよ!」
「え、俺達もッスか?」
「こんなに大勢で押し掛けたら、相手方にご迷惑なのでは……」
「大丈夫だよ! たぶん!」
「お前な……」
「じゃあ今から聞いてみる!」
「いや、いいって。いいから余計な事すんな。ああ、もう……会うだけだからな、会ったらすぐ帰るぞ」
「うん! やった~! 行こう行こう! 早く!」
「うわあ真宮さんてば、やっさし~! がっちんにはなんだかんだ超甘いッスね~! 可愛いところあるじゃないすか~!」
「うるせえぞ、有仁」
結局は折れてしまい、目の前では灰我が大喜びしており、有仁といえばにやにやと悪戯な笑みを浮かべている。
つい甘やかしてしまうのは重々承知しているけれど、やはりどうしても絆されてしまうようである。
そんなに会わせたくて仕方がないのなら、一目顔を合わせれば満足するのだろう。
そうしてすぐに帰ればいいと、なんとか言い聞かせても溜め息は漏れ、すっかり冷めて残り少ない珈琲を飲み干す。
俺は一体何しに行くんだと、我ながら呆れてしまう状況だけれども、ひとまずは向かいで嬉しそうに笑っている灰我を見て、まあいいかと納得させる。
「では、俺達もそろそろ出ますか」
「おう、そうッスね! がっちん食ったか~!? 思い残す事はないッスか!」
「おう! 大丈夫だ!」
「バカだなあ、ホント」
そう言いながらも、つい柔らかな笑みを浮かべて見守ってしまうのであった。
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