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合縁奇縁
「あ! あそこだよ、まみ兄!」
店を出て、郊外の閑静な住宅地へと入り込み、導かれるままに歩いている。
見上げれば天色 の空が広がり、白妙の雲がゆったりと流れ、包み込むような陽射しが世を照らしている。
時おり過ぎ行く涼風に肌を撫でられ、あまりにも心地好いお出掛け日和に、どうしてか灰我に手を引かれて連れ回されている。
スイーツ地獄から解放されたかと思えば、お次はよく分からない対面を強いられており、我ながら何をやっているのだろうかと溜め息が止まらない。
そんな気持ちを知ってか知らずか、先を行く少年は建ち並ぶ一角を指し示しながら振り返り、大層満足そうに笑い掛けてくる。
「真宮さん、浮かない顔してるッスね~?」
「どうしたら楽しそうな顔出来んのか聞きてえよ」
「俺は真宮さんのげんなりした様子を眺めているだけで楽しくなれるッスよ~!? て、冗談すよ冗談!」
傍らから顔を覗かせ、心底楽しそうに見上げてきた有仁が、相変わらずの軽口を叩きながら歩いている。
するりと肩に腕を回せば、不用心さにようやく気付いたらしい有仁がハッとし、大慌てで釈明している。
「ナキっちゃん! 助けて~!」
「手ェ出すなよ、ナキツ!」
「はい、真宮さん」
「あっ! そんなアッサリ俺を見捨てるとか酷いんじゃないの、ナキっちゃん! 俺と真宮さんとどっちが大事なんすか~!」
「それはもう、真宮さんに決まってるだろ」
「ギャ~! そんなキッパリ言い切らなくても良くないすか!? 今の一言で胸に風穴開いた! 風通し良くなっちゃう! 死ぬ! 死んじゃう!」
「バ~カ、そんな繊細なたまかよお前が」
「何言ってんすか~! 真宮さんと違ってデリケートなんすからね、俺は!」
「あ、このやろ」
ナキツに助けを求めたので、すかさず牽制すればにこやかに了承され、有仁がこれでもかとばかりに不満を露わにしている。
手を出さず、側で見守りながらナキツが笑い、灰我も楽しそうにやり取りを眺めている。
まるで賑やかな散歩でもしているかのようで、うららかな日和に適した暖かみのある空気で満ちている。
ひょいと帽子を浚えば、有仁が取り返そうと腕を伸ばすも、身長差が邪魔をして思うようにいかず文句を漏らしている。
「しょうがないな~! 全く子供なんだから!」
「ちょっ、どっちが子供なんすか!」
「有仁~!」
「がっちんでしょ!」
「俺からすればどっちもどっちだけどな」
「真宮さんも結構いい線いってると思いますよ」
「あ、テメナキツ……。どういう意味だよ」
「さて、どういう意味でしょうね」
くすりと笑うナキツを不満そうに見つめ、傍らでは灰我と有仁が火花を散らして言い合っている。
何処までも平和で、何もかもが尊い日常であり、笑いの絶えない一時がゆっくりと刻まれている。
時おり囀りが聞こえ、何処からともなく子供の笑い声が響き、生活音が辺りから密やかに漏れている。
建ち並ぶ家屋それぞれに営みがあり、誰もが幸せそうに地に足を着けているように思え、先程指し示された一角へと目を向ける。
「ほら! あそこが颯太んち!」
「ほうほう、綺麗な家ッスね~!」
ぼす、と帽子を目深に被せてやると、唐突に視界を奪われた有仁が慌てる。
他愛ない事で騒いでいるうちに、いつの間にか件の場所がすぐそこまで迫っており、灰我が声を弾ませる
生き生きと咲いている花が印象的で、車庫には一台収められており、手から離れた灰我が小走りに近付いていく。
表札には芹川とあり、事前に聞いていた通りの場所へと着いたようであり、さてどうしたものかと佇む。
インターホンを鳴らした灰我が何事か話し始め、すぐにも門を開きながら振り返り、早く早くとでも言いたげに手招きしてくる。
なんとなく両脇へと順に視線を注げば、促すように双方から頷かれ、腹を括るしかないかと歩み出す。
門を抜けると、緩かな階段があり、見渡しながら歩いていると先に玄関へ辿り着いていた灰我が扉を開け、話し声が聞こえてくる。
突然現れて良いものだろうかと思いつつ、歩を進めればやがて辿り着いてしまい、灰我と向き合って柔和な笑みを浮かべている少年と視線が交わる。
「あっ! がっちんが話してくれたお兄さんかな! わ~、おっきいなあ! かっこいいなあ! 俺、芹川 颯太って言います!」
口を開く前に、颯太が目を輝かせて捲し立て、きらきらとした笑顔を向けられて反応に困ってしまう。
「今日はオマケも付いてるッス~! 俺は有仁! こっちはナキツ! ヨロシクっす~!」
「宜しくお願いします。大勢で押し掛けてしまってすみません」
「わあっ、全然大丈夫です! 此方こそ宜しくお願いします!」
ふわりと柔らかく笑い、歓迎している様子で佇みながら、灰我と何事か話している。
最も重要な人物が居ないけれど、唐突に行方を聞くのもなんとなく憚られ、かといってこの微妙な間をどうしたものかと思いながら立ち尽くす。
「颯太。客か……?」
ひとまずは、ナキツや有仁が居てくれて良かったなあと思いつつ佇んでいると、奥から声と共に足音が聞こえてくる。
「あ、咲ちゃん!」
颯太が振り返り、見つめている先には一人の青年が立っており、彼の視線がふっと玄関に注がれる。
そうして両者、目が点になる。
「あっ」
共に間抜けな声を発し、言葉に詰まっている様子で見つめ合い、暫しの時が流れていく。
「お、お前……、真宮……?」
「お前……。芦谷、だよな……?」
「なんでお前がこんな所に……」
「それはこっちの台詞……、つうかお菓子作りしている咲って、お前……?」
「あ? 何の話……」
「族潰しが……、エプロン……? そんでもって、お菓子作り……?」
「げっ、違う。これはだな……」
エプロンを身に付けていた事を思い出した芦谷が慌て、瞬間にもう堪えきれなくて盛大に吹き出し、腹を抱えて笑い出す。
「くっくっ、ハハハハハッ! お前、なんで、菓子とかハハハッ! 腹イテェッ~! 似合わねえにも程があんだろ!」
「ちょ、真宮さん!? 咲ちゃん今にも包丁持ち出しそうな顔してるからやめて! 堪えて!」
「お前! 面白くねえのかよ! あの芦谷がだぞ!? エプロン着けてお菓子とか……! 笑う!」
「や、まあ、笑える状況なら笑うッスけど、めっちゃ殺意飛ばしてるから! 久しぶりの対面でいきなり煽るのやめてあげて!」
「あ、ご無沙汰してます。芦谷さん」
「あ、お前……。ナキツだっけ。なんなんだよ、揃いも揃って……。喧嘩ならやんねえぞ。それとあの野郎をなんとかしろ」
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