244 / 343

合縁奇縁

半ば呆れながらも、有仁がナキツへと話し掛けており、事の一部始終を肩を並べて眺めている。 視線の先では、ああでもないこうでもないと口喧嘩が勃発していて、とうに周りなんて見えていない。 一貫して俺の方が強いという主張が飛び交い、時おり子供のような悪口を撒き散らしながら、意地の張り合いを続けている。 「なんだか……、芦谷さんの雰囲気が変わったような気がする」 「あ~、それは確かにあるかも。真宮さんとおんなじテンションで言い合いなんてしなかったもんなあ」 ふっと当時を思い返し、変化が感じられる青年を見つめ、ナキツと有仁が静かに言葉を交わしている。 共に冷めた印象が強く残っており、一応の会話は成り立つものの、常に淡々として他者を寄せ付けない雰囲気を纏っていた。 「何考えてんのか分かんねえ感じだったよなあ。なんつうかほら、ヒズルみたいな感じ?」 「アイツなんかと一緒にしてやるなよ。俺は、何て言うか……、感情を押し殺しているような印象を持っていたかな」 「ふうん、なるほどね~。なあんか色々あったんすかねえ。姿を消している間にさ」 「それも頷けるかな」 言いながらナキツが視線を逸らし、灰我と話し込んでいる颯太を見つめる。 有仁も気付いてから倣い、映り込んでいる温和な少年に納得した様子であり、確かにこれは変わっちゃうなと声を漏らしている。 何かしら影響を与えたのであろう事が窺え、穏やかな笑みを浮かべている颯太をつい見つめてしまう。 「あれ? でもさ、咲ちゃんて芦谷じゃん? 此処は?」 「芹川さん、だな」 「なんで? おかしくね?」 「俺に言われても……」 「芹川さん家で、なんで芦谷ちゃんがエプロンしてんの?」 「……何か事情があるんじゃないのか」 「……込み入った事情しかねえよな」 「まあ……」 「うん……」 「……」 「なんとか言えよ、ナキっちゃん」 「お前こそ」 未だに玄関で佇みながら、再び飽きもせずに言い合っている青年達へと目を向け、ナキツと有仁は何となく黙り込んでしまう。 あの頃と変わらぬ静寂を湛えながらも、柔らかな笑みを見せてくれるようになった芦谷へと、より一層の親しみやすさが込み上げてきたまでは良かった。 けれども、冷静に考えれば考える程に気になってしまう謎が多く、事の経緯を根掘り葉掘り聞きたい衝動に二人は駆られている。 「族潰しの咲ちゃんに一体何が起こったんすかねえ。どうしたらああやって、あの真宮さんとおんなじ次元で相手してくれるようになんの?」 「とりあえず……、今の台詞を真宮さんに言ってやろうか」 「やめて下さい死んでしまいます」 「まあ、何かあったんだろ。彼にとっては、きっといい事が」 「そうだろうな! めちゃくちゃ優しくなったもんな~! 咲ちゃんてば!」 「咲ちゃんは元から優しいよ!」 不意に声を掛けられて驚き、ナキツと有仁が殆ど同時に振り返る。 すると目の前には颯太が立っており、柔和な表情で二人を交互に見つめている。 背丈は灰我と殆ど変わらず、艶やかな黒髪が入り込む風によってささやかに揺れ、誰もが笑顔になってしまうような愛くるしさが備わっている。 「そうだね。あの頃も今も、ずっと優しいんだろうね」 「ところでところで颯ちゃん、ちょっと質問いいすか? 聞きたい事がイッパイあるんすけど」 「あっ。おい、有仁……。やめておいたほうが」 「は~い、なんでしょう! なんでも聞いて下さい!」 「なんでもっすか!? ホントになんでも聞いちゃっていいんすか!?」 「うん! 俺に分かることならお答えします」 「なんでもだってよ、ナキっちゃん!」 「何をするつもりなんだよ、お前は……。嫌な予感しかしない」 俄然楽しくなってきたのか、有仁はさっさと靴を脱いで上がり込み、すっかり友達のように颯太へとにこやかに接している。 確かに気にはなるけれど、本人の気質から想像すると、あまり知られたくない事なのではと、ナキツは雲行きが怪しくなっていくのを感じている。 けれどもこのまま待っていても、今のところやり取りが終わってくれそうな気配も無い為、促されるままに靴を脱いで上がることにする。 「此処には咲ちゃんも住んでるんすよね?」 「うん、そうだよ」 「何人家族なんすか?」 「えっと、父さんと、お兄ちゃんが二人に、咲ちゃん!」 「ほっほう……」 「俺に振ろうとしなくていいから……」 「ますます気になるな!? 謎が深まるばっかりなんすけど! ななっ、どう思うどう思うナキっちゃんんん!」 「近いって……。あんまり立ち入った事を聞くのは……」 「とかなんとか言って気になるくせに~! ナキツ! 消される時は一緒だぜ! 俺達運命共同体!!」 「絶対に御免だ……」 早速とばかりに、廊下を歩きながら有仁が声を掛け、会話の後にナキツへとくっついて内緒話をする。 ナキツは溜め息を漏らしながらも、深まる謎が全く気にならないと言えば嘘になり、なんとも複雑な想いを抱え込んでいる。 申し訳ない、けれども多少は気になる、という気持ちが天秤に掛けられており、ぐらぐらとどちらにも行けずに揺れている。 「なんだよ、二人して何話してんだよ!」 「がっちんにはまだ早い! 大人になってから出直す事っすね!」 「大して変わんねえじゃん! 背とか!」 「変わります~! 俺の方が遥かに高いです~! がっちんのちび~!」 「お前だってチビじゃん!」 「チビじゃねえし! がっちんのバカ!」 「バカって言う方がバカなんだからな!」 「なにを~!?」 似たような光景をつい先程も見たなあと、何だか疲労感が込み上げてきているナキツは、突如として始まった有仁と灰我の言い合いにまたもや溜め息を漏らしている。 賑やかで良いことではあるけれど、何処から手をつけたら良いものかと頭が痛くなり、何となく傍らへ視線を向けるとにこやかな颯太と視線が交わる。 ずっと楽しそうに、ふんわりと笑い掛けられて、釣られてナキツも笑みを返してしまう。 「今日は、ご家族は?」 「今は咲ちゃんと二人だよ」 「そう。騒がしくしてごめんね」 「ううん。賑やかで楽しいし、いつもと変わらないよ!」 そう言って颯太は、人懐こい笑顔を湛えている。

ともだちにシェアしよう!