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合縁奇縁

そのようなやり取りが行われているとは露知らず、未だ玄関先にて顔を突き合わせ、ああでもないこうでもないと口論している。 久方ぶりの再会にもかかわらず、離れていた空白を感じさせないどころか、何だか以前よりも接しやすくなったような気がする。 思えば当時は、話し掛けても気怠そうに返すばかりで、口喧嘩にすら発展していなかった。 「て、誰もいねえよ!」 「あっ、いつの間に……」 最早何の為に言い争い、頭に血を昇らせているのかも分からないまま、ふとした拍子に視界が広がる。 つい先程までは、確かにナキツや有仁を初めとした面々が、奥で立ち話をしていたはずなのだがいつの間にか居なくなっている。 もぬけの殻であり、熱が入り過ぎてすっかり周りが見えなくなっていたようで、一体いつから行方を眩ませているのか分からない。 会話を遮り、ようやく事の異変に気が付いて指し示せば、捲し立てていた芦谷が釣られて振り返る。 そうして彼も悟り、独白しながら急激に落ち着きを取り戻し、風と共に一気に静けさが舞い込んでくる。 終盤は殆ど子供のようで、互いに意地を張り合って騒いでいたのだけれど、いきなり訪れた沈黙に少なからず戸惑っている。 「あ~……と、久しぶりだな」 「そうだな……」 気恥ずかしくなり、視線を逸らしながらまともに言葉を交わし、そうしてまた静寂が育まれていく。 おかしな話であり、今しがたまで睨み合って揉めていたというのに、視線すら容易に交わせなくなっている。 こういう時に、誰かしら側に居てくれたら間を繋いでくれるのだが、今は生憎望めないので仕方ない。 今にして思えば、どうしてあんなにも言い争っていたのだろうかと不思議だが、きっと芦谷も首を傾げているに違いない。 「本当の目的はなんだ」 「あ?」 「何の為にわざわざこんな所にまで来たのか聞いている」 「目的なんか特にねえけど……、お前が居るって聞いてよ。半信半疑だったし、無理矢理連れてこられただけだけど、まさか本当にお前が居るとはな。分かんねえもんだな」 話し掛けられて、ようやく真っ向から見つめると目が合い、語気荒く文句を投げ付けてきた人物とは思えない。 癖があり、緩やかに波打っている髪は艶やかで、触り心地の良さそうなふんわりとした質感をしている。 前髪は長めで、分けずに下ろしており、眉は殆ど隠れてしまっている。 一見すると物静かで、荒事には不適な印象を受けてしまうのだが、凛とした眼差しには芯の強さが宿っており、何もかも見透かされてしまいそうである。 口を閉ざせば、一気に近寄り難さを纏ってしまう青年だが、それでも以前よりは大分雰囲気が和らいでいるように感じる。 触れたら凍てついてしまいそうな、冷ややかな双眸だけでも身を竦ませてしまいそうなくらい、誰もが冷淡無情な青年に見えていたのだろうが、本来は目の前にて佇んでいる姿が真実なのであろう。 静やかな空気は変わらず、けれども確かに柔らかさが増していて、咲き乱れている花のように甘やかな美しさを湛えている。 元々整った顔立ちをしているけれど、久方ぶりの再会でこんなにも心証が変わってしまうのだから、それまでに一体何があったのか密かに気になってしまうのであった。 「結局何の用もねえのかよ……。お前も暇だな」 「うるせえな、テメエに言われたくねえよ」 「でも……、このタイミングでお前に会えたのは、好都合かもしれない」 「あ? なんだよ」 呆れ顔で、溜め息混じりに告げられて悪態をつくも、後に続いた言葉が気になって芦谷を見つめる。 何事か抱えているような、考え込んでいる様子が窺えるも、全く予想も立てられないのでじっと待つ。 「この前、弟に会って……」 「弟? お前、弟いたのかよ」 「ああ……。なんだよ」 「いや、別に」 意外な事実を紡がれ、あんぐりと口を開けながら驚き、流石に想像も出来なかったなあと思案する。 この兄にして、どのような弟なのか大層気になるところだが、事はそんなに軽いものではないらしい。 言葉を選び、複雑な表情を浮かべている芦谷が映り込み、引き続き継がれる時を静かに佇んで待つ。 「アイツ……、何か危ねえ事に巻き込まれてるんじゃないかって……」 「何でそう思うんだよ。本人に直接聞いてみたのか?」 「いや……、会話にすらなんねえし……。会ったのも、その、久しぶりで……」 「あ~……、まあ、そうか。久しぶりに会ったって、何処でだよ。家か?」 「外で……、偶々だ。買い物して、帰っている途中でアイツが……、來が現れて」 「ふうん。で? 何か話せたのかよ。どんな様子だった」 「殆ど話せなかったな。向こうは俺の顔も見たくねえ様子だった。まあ、仕方ねえよな……。ずっとほったらかして、兄貴らしい事なんにもしてやれてねえし……」 そう言って自嘲気味に笑い、自責の念に駆られているような、傷付いた表情を浮かべている。 それだけで、芦谷にとって弟がどういう存在であるかが容易く分かり、これまでの行いを悔いている様相が見て取れる。 「アイツの歳すら分かんなくなるなんて、有り得ねえよな。ホント……」 「……その後は? 会えてんのか」 「いや……、家に帰ってみたけど、丁度アイツ居なくて……。つうか、最近帰ってねえみたいなんだよな。だから部屋探ってみたんだけど……。そしたら、あからさまに怪しげなものが上着のポケットから出てきて……」 ぽつり、ぽつりと言葉を連ね、自分でも思い返しながら状況を整理しているようであり、時おり考え込んで間が訪れる。 雲行きが怪しくなり、内容からは不穏な気配が漂っており、芦谷は眉を寄せて心情を打ち明けている。 見えないところで何かが起こっている。 だが、正体が掴めずに心労ばかりを募らせ、手立てが見当たらず袋小路へと押し込まれている。 「黒い包みだ。中には薬みてえのが入ってて、どんなもんかは分かんねえけど、まっとうな代物なわけねえよな」 「黒い包み……。随分とあからさまだな。そんなもんをどうしてお前の弟が……」 「分からない。調べようにも俺一人じゃ限界があって、正直お手上げだ。だから今日、お前が目の前に現れた事に意味を感じている。お前なら……、きっと突破口を見出だせるんじゃないかって……」

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