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合縁奇縁

「悪い……。俺に出来る事なら何でもする」 一部始終を眺めていた芦谷が、申し訳なさそうに言葉を紡ぎ、三者の表情を順に見つめていく。 巻き込んでしまう事に、自責の念に駆られながらも協力は有り難いようで、芦谷からは複雑な心境がじんわりと滲み出ている。 「何神妙な顔してんだよ。お前らしくもねえ。ま、困った時はお互い様だからな。ちゃっちゃと片付けちまおうぜ」 肩へと腕を回し、気さくに声を掛けながら見つめると、直ぐ様芦谷からやめろと素っ気なく声が掛かる。 お構い無しに笑っていると、傍らからは小さく溜め息が漏れ、無理矢理に引き剥がそうという気持ちはどうやら無いらしい。 感情の起伏が控え目で、一見すると冷淡な印象を持たれるかもしれないが、弟を心配している様は確かな事実であり、其所には偽りなんて存在していない。 「まあ、色々やる事もあるっすけど、まずはせっかくココまで来たんすから、真宮さんも上がってったらどうすか? 今なら美味しいおやつがあるっすよ!」 「有仁……、そんな自分の家みたいに……」 「まあまあ、ナキっちゃん! ほら咲ちゃんも早く入ったらいいじゃないすか~! 腹が減っては戦は出来ないっていうし! ちゃんと腹に入れとかないと~、これから行くところじゃす~ぐ体力とか気力とか後何か色々持ってかれちゃうっすよ! モンスターばっかりッスからね~! あそこは!」 けらけらと有仁が笑い、芦谷にとっては一刻を争うような案件であるが、まずは落ち着いてお茶でもしようと手招きしている。 つい先程、初めて訪れた邸宅であるが、気が付けばもう自分の家のように振る舞っており、それがどうしてかあんまり違和感が無くて不思議である。 有仁の図々しさはいつもの事であり、此方としては呆れながらも慣れているのだが、芦谷はどうだろうかとさりげなく様子を窺う。 「そうだな……。焦っても仕方がないし、お前達が居てくれるならきっと大丈夫だ。少し休んでいけよ」 ふっと柔和な表情を見せ、素直な心情を吐露しながら離れると、芦谷が廊下を歩いていく。 有仁は嬉しそうに笑い、すでにあれだけ食べてきたというのに、まだ何か口に入れないと気が済まないようで呆れてしまう。 角を曲がり、視界から消え去っていく芦谷を追い、有仁も鼻歌混じりに歩いていき、やがて扉の開閉が遠くに聞こえてくる。 あっという間の出来事であり、未だ玄関にて立ち尽くしながらぼんやりしていると、不意にナキツが映り込む。 同様に傍観者と化して、口を挟む隙も無く眺めていたようであり、我に返った彼の視線が自然と此方へ注がれてくる。 「行ってしまいましたね。まったく……、有仁には困ったものです」 「そうだな。すっかりアイツのペースだ」 やれやれと、互いに溜め息を漏らしながらも笑みが零れ、開け放していた玄関の扉を閉めると、ようやく中へと入るべく靴を脱ぐ。 「ナキツ……?」 上がってから、再び視界に入り込んだナキツの表情は、つい今しがたとは異なっていて疑問が生じる。 柔らかな笑みを浮かべていたはずが、今では何とも言い表しがたい表情を浮かべていて、一体どうしたのだろうかと首を傾げる。 「また……、彼等と関わるんですね」 頭では分かっていても、気持ちの整理がつかない様子であり、視線を逸らしながら絞り出される声に掛けるべき言葉を見失う。 「ヴェルフェの事か」 「俺は、出来る事ならもう……、彼等に関わってほしくありません。特に、アイツとは……」 「ナキツ……」 「立ち聞きしてしまったのは申し訳ないと思っています。ですが……、此処で知らなければまた、貴方は一人で事を解決しようとしましたよね」 「それは……」 「どうして真宮さんは……、いつも一人で何でも背負い込もうとするんですか。そんなに……、俺は頼り無いですか。信用出来ませんか」 「違う。俺はそんなつもりじゃ……、ただ、お前らを巻き込みたくなくて……」 思わぬ言葉に晒されて、動揺に鼓動が速まる。 確かにナキツに指摘された通り、あのまま悟られなければ一人で事を解決しようと考えていた。 けれどもそれは、決してナキツや有仁といった仲間を信用していないわけでも、頼り無いわけでもない。 「すみません……、分かっています。俺達の事を考えて、貴方が行動してくれている事は……、ちゃんと分かっているつもりなんです。でも……、理解はしても、どうしても呑み込みきれなくて……」 「……悪い」 「此方こそすみません。出過ぎた事を言いました。いつだって……、貴方は優しい。俺達の事を第一に考えてくれている。けれど優し過ぎて……、俺は、心配になります」 「何言って……」 「言いたい事は分かります。ずっと側で見てきましたから、強さも理解しています。それでも……、貴方が一人で背負い込む事には賛同出来ない。その荷を少しだけでいい、俺にも預けて頂けませんか。心配なんです……、貴方の事が……。目を離した隙に、何処か遠くに行ってしまいそうで……」 「ナキツ……」 悲痛な面持ちで告げられ、名を紡ぐ以外に何と声を掛ければ良いか分からず、困惑して立ち尽くす。 そんなつもりはなかった、けれども現に相手を傷付け、悩ませている。 上手くいかない、どうしてこんなにも誰かを追い詰めてしまうのだろう。 言葉を紡げない代わりに、差し伸べた手がナキツへと触れ、さらりと柔らかな髪を巻き込んでいく。 気が付いた青年が視線を投げ掛け、目が合い、一体自分はどのような表情をしている事であろう。 「悪い……」 それだけ告げて、後にはまた何にも言えなくなって、ナキツの肩へと手を滑らせて視線を逸らす。 気の利いた台詞一つ紡げなくて、もどかしい。 何と言えば彼が納得してくれるかも分からず、頭を悩ませながら静寂に抱かれる。 「すみません……。また貴方を、困らせてしまいました。そんな顔させたくないのに……、俺のせいでいつも貴方を悩ませてしまいますね」 「お前のせいじゃない……」 「はい……。もう聞き飽きてると思いますが、無茶はしないで下さい。貴方は俺達を想ってくれていますが、俺も……貴方を想っています。真宮さん」

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