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合縁奇縁

返す言葉が見つからず、戸惑うように視線をさ迷わせていると、不意に頬へと温もりが触れてくる。 真摯な想いを捧げられ、一歩も動けずに情けなく立ち尽くし、逃れる術なんて元々有りはしない。 すり、と促すように指先が頬を滑り、観念して視線を巡らせればすぐにも目が合い、正面には相変わらずナキツが佇んでいる。 何か言わなければ、そう思って唇を僅かに開いても、待てど暮らせど紡がれていく台詞は存在しない。 その内諦めて、ぐっと押し黙るように唇を閉ざし、眉根を寄せて再び視線を泳がせてしまう。 「そろそろ行かないと、誰かが呼びに来てしまいそうですね。名残惜しいですが」 柔らかな声が耳朶(じだ)を擽り、静寂に縛られて身動ぐ事も出来ず、触れられている頬ばかりが熱を孕む。 まじないでも掛けられているかのように、何にも考えられずに言葉を失い、揺蕩う空気に流されていく。 「そんな顔しないで下さい。と言っても……、させているのは俺ですよね。すみません、真宮さん」 いとおしそうに頬を撫でていた手が、惜しむようにゆっくりと離れていく。 くすぐったくて、それでも決して嫌ではなくて、彼からもたらされる感情はいつだって心地好いものだ。 軽く息を吐き、落ち着きを取り戻そうと思考を巡らせ、我が身を見つめている青年へと意識を傾ける。 「信用していないわけじゃない。頼り無いなんて、そんな事……考えた事も無い」 寧ろ、頼り過ぎてしまっていると感じてしまう。 差し伸べられる手が嬉しくて、安堵して、ずぶずぶと甘えて沈んでいく。 それではいけないと思っても、心を磨り減らす程に拠り所を知らず知らずに求めてしまい、結果として今もこうして佇んでいる。 もう随分と前から、どうしたら良いのか分からなくなっていて、どう在るべきか答えを見失っている。 日常にうずもれて、向き合うべき事柄から目を背けて、気を遣わせて、袋小路に迷い込んでいつまで経っても出られない。 いや、出ようとしていないだけなのかもしれない。 大丈夫だと、まだ立ち上がれると感じていたはずなのに、些細な事で容易く迷いを生み出してしまう。 せっかく刻也との対面もあり、力を分け与えてもらったというのに、自分は本当にどうしようもないなとがっかりする。 「そろそろ行きましょう。皆さん待っているでしょうし」 思い悩んでいる様を見てか、ナキツは一瞬表情を曇らせるも、すぐにも柔和な笑みを湛えて声を掛ける。 何かを言おうとして、けれども結局紡がれる事はなく、ナキツの胸の奥へと下ってとどまる。 互いに想うところあれど、言葉として伝える事は出来ずに眠り、ナキツが終止符を打ってくる。 この話は終いだと暗に告げられ、感情の整理がつかないまま、何とも言い難い心情が吐息となって微かに漏れていく。 微妙な空気を打ち消すようにナキツが笑い掛け、背を向けて一歩を踏み出し、何事も無かったかのように一室を目指していく。 本当はもっと言葉を掛け、態度で示すべきなのに、いざというときに尻込みする我が身を恨めしく思う。 「俺は……」 宙を舞う言葉が、誰に拾われる事もなく虚しく消えていく。 繋げる台詞も見出だせないくせに、何故声に出してしまったのだろう。 逡巡して、程なくしてから重たい足取りで後を追い、賑わいが漏れている部屋へと近付いていく。 「あ! まみ兄やっと来た! 何やってたんだよ~! 遅いよ、まみ兄!」 「真宮さん便秘だから仕方ない! 今一戦終えてきたところだから許してあげてほしいッス!」 「そうなのか……?」 「え、いや……、そんな真顔で聞き返されると俺もたじたじになっちゃうんすけど……。咲ちゃん? 冗談すよ?」 「冗談なのか……?」 「え、やだ、この人天然……? 手強いッスね……、ごくり……」 顔を覗かせると、声が入り乱れて大変騒々しく、一気に雰囲気が変わる。 灰我が視線を上げ、真っ先に姿を見付けて声を掛け、大層待ちくたびれた様子である。 すかさず有仁が割って入り、相変わらず殴られても文句を言えないような事を捲し立てるも、鵜呑みにしている芦谷にたじろぐ。 すでに収拾がつかない様相であり、気を取り直して軽く息をついてから後ろ手に扉を閉め、居間を歩いていく。 「芦谷」 食卓を通り過ぎ、空いていたソファへと腰掛けながら、立ち上がっていた芦谷に声を掛ける。 「どうした」 視線を投げ掛け、近付いてきた青年から返答があり、一瞥してからごそごそと携帯電話を取り出す。 「連絡先教えろよ。今後の為にも」 液晶を眺め、指を滑らせながら伝えると、相手にもすぐに動きがある。 「え!? 咲ちゃんの連絡先!? 俺も知りたいッス!!」 「なんでお前まで割り込んでくんだよ、有仁」 「いいじゃないすか、真宮さん! 独り占めは良くないっすよ! 咲ちゃんは皆の咲ちゃんッス! なあ、ナキツ!!」 「また俺に振る……。芦谷さん、宜しければ俺とも交換しませんか」 「ああ。別に構わない」 食卓で更なる甘味を摂取していたかと思えば、聞き付けてバタバタと有仁が大移動し、隣に腰掛けて携帯電話を取り出している。 案の定話を振られたナキツも、やれやれといった様子でやって来たのだが、ちゃっかり連絡先を交換する気でいるようだ。 一連を眺めて、芦谷は特に顔色を変える事も無く了承し、携帯電話を取り出して淡々と操作している。 「咲ちゃんで登録しとくッス!」 「族潰しにしてやろうかな」 「やめろ殴るぞ」 それぞれが黙々と操作しつつ、順に端末から情報を送り合い、有仁が嬉しそうに声を上げている傍らで、冗談とも分からない事柄を発してみる。 落ち着いてはいるが、殴る気満々な宣告を受け、結局それぞれが何と登録したかは明かさないままやり取りが続けられていく。 「やったぜ~! これでいつでも咲ちゃんと連絡取り放題ッスね!」 「有仁からのは無視していいぞ。ろくな用件ねえからな、コイツ」 「何言ってんすか、真宮さ~ん! 俺からの連絡は超重要且ついつだって価値あるもんすよ~!」 「あれがか? お前の食べ歩きに付き合わされて終わりじゃねえか」 「ホントは嬉しいくせに! 隠さなくてもいいんすよ、真宮さん!」 「隠してねえよポジティブか! どっから湧いてくんだよ、その自信!」

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