249 / 343
合縁奇縁
端末を見つめ、軽快に親指を行き来させながら、芦谷の連絡先を追加する。
傍らでは、盛大に腹を抱えて有仁が笑っており、何がそんなに可笑しいのか不思議で仕方がない。
真宮さん、超ウケるッス! なんて言いながら苦しそうにしており、息も絶え絶えに肩を震わせている。
分かりきっていた事だが、そう簡単に挫けてくれるような輩ではない為に、一頻り笑うと今では図々しく腕へとしがみつき、携帯電話を覗き込んでくる。
「なんだよ、鬱陶しい」
「なんだかんだ言いつつ結局芦谷 咲で登録してあげるんすね! やっさし!」
「うるせえな、そういうお前はどうなんだよ」
「俺すか? 咲ちゃんに決まってんじゃないすか~! 何言ってんすか、もう!」
「ホントぶれねえよな、お前……。感心する」
「むっふふ! そうすか~!? 照れるッス!」
「いや褒めてねえよ」
手元を見つめ、力一杯に邪魔をしながらあっけらかんと笑われ、溜め息混じりに返答しつつ操作する。
言葉の通り、きっと有仁にとっての愛称で登録され、まともに氏名で電話帳へと載っている者なんてまずいないだろう。
すでに芦谷の連絡先も、間違いなく咲ちゃんとして加えられたようであり、いつの間にか携帯電話はしまわれている。
「はい、どうぞ!」
登録を終え、気が済んで携帯電話をしまおうとすると、急に声を掛けられて何かを差し出されている。
目をしばたたかせ、その物を理解するまでに些か要するも、視線を上げて相対している者を見つめる。
「咲ちゃんお手製のケーキです!」
「颯太……、余計なこと言うな……」
「どうして? 作ってくれたのは咲ちゃんだし!」
「お前が食いたいって騒ぐから……」
「うん! 作ってもらえて嬉しいよ! いつもありがとう! とっても美味しいから食べてみて下さい! 紅茶とオレンジのマーブルケーキ!」
穏和な笑みを湛え、目前にて颯太が佇んでおり、両手に乗せられている白磁の皿へと、如何にもふんわりとして柔らかそうなケーキが並べられている。
有仁と言えば、もうすでに食べていたであろう事は明白だが、光の速さで掻っ攫ってまたもご機嫌な様子で頬張っている。
同時に勧められていたナキツも、穏やかな笑みで応えながら手を伸ばし、食べやすい大きさに切られていたケーキを一つ掴み、芦谷へと声を掛けている。
その隣では、素直に何でも話してしまう颯太に手を焼いている様子で、溜め息を漏らしている芦谷が腕を組んで立っている。
それでも願いを叶えてしまうのだから、芦谷にとって颯太は、余程大切な存在なのであろう。
それと共にきっと、今では気まずくなってしまっている來の事も、何にも代えられない程に大事な家族なのだろう。
「芦谷さんは、料理が得意なんですね」
「別に……、それなりだ。誰でも出来るだろ」
「とっても美味しいです。俺には到底作れそうもありません。お菓子はよく作るんですか?」
「俺の意思じゃない……。全部コイツの我が儘だ」
「でも咲ちゃん、結構楽しそうに作ってるんですよ! 咲ちゃん、お料理大好きなんです!」
「なっ、颯太……」
「へえ、そうなんですか。俺にも今度教えて頂きたいです」
なんだか盛り上がっている光景を他所に、一つ頂戴していたケーキを食べてみると、オレンジと紅茶の香りが鼻腔を擽り、それでいてしっとりと味が染み込んでいて美味しい。
こんなにも繊細なお菓子作りを嗜むだなんて、俺の知っている芦谷は何処に行っちまったんだ、とは思うものの、有仁と黙々と食べながらなんとなく視線を巡らせてみる。
そういえばいつからか灰我が大人しい、と気が付いて奥を見遣ると、携帯機でのゲームに忙しいようであり、周りなんて全く気にもしていない空気を察する。
ったく、アイツは……と半ば呆れながらも、口を動かして一時を過ごしていると、ナキツ、芦谷、颯太が会話をしつつ目の前から去っていく。
途中からやり取りを聞いていなかったが、恐らくまだ料理の話が続いているようであり、颯太が二人を引っ張って歩いている。
「ナキっちゃんに何て言ったんすか? 真宮さん」
連れていかれる青年達を眺めていると、不意に声を掛けられて我に返る。
知らぬ間に腕は解放され、顔を向ければ背凭れに身を預けている有仁が居り、瞬時に答えられないような事を聞いてくる。
「アイツめっちゃ気にしてるっすからね~。真宮さんがヴェルフェと関わんの嫌なんすよ。つっても、避けては通れないっすもんね~。分かってるけど、でも嫌なんすよね。きっと」
素知らぬ振りをしながら、有仁は携帯電話を取り出し、手元を見つめて何でもない事のように話す。
つい先程までふざけていたかと思えば、自然な状態を維持してはいながらも、とても無下には出来ないような事を紡いでいる。
「何か聞いたのか」
「聞かなくても分かるっすよ、大体ね。顔に出るもん、アイツ。あ、真宮さんもね」
俺もかよ……と思いつつ、明るさを交えながらも冷静に紡がれていく言葉に、様々な想いが去来する。
「避けたところで……、遅かれ早かれぶつかる」
「そっすよね~。なんつうか目ェ付けられてるっすからね~、ヴェルフェマンには」
「見過ごすわけにもいかない……」
「うんうん。アリャ相当困ってると見たッス。あの咲ちゃんがよりによって真宮さんに頼るくらいっすからね~、かなり追い詰められてますよって痛い! え、なんで!?」
「なんとなく気に喰わなかった」
「理不尽!」
「俺の台詞じゃねえか……?」
真面目に語り合っているかと思いきや、首を傾げるような内容に考えるよりも先に手が出ており、有仁が信じられないといった大げさな反応をしている。
日頃を思い返せば、理不尽と言いたいのは寧ろ此方の方なのだが、伝えたところできっと何も変わりはしないのだから、尊い労力を無に帰すだけである。全くもって無駄である。
「ま、俺はそんな誰の事も放っておけない真宮さんが好きっすからね。この期に及んで遠慮すんのは禁止っすよ。トップなんすから、偉そうに指示すりゃいいんすよ! 内心中指立てながら従うッス!」
「へえ……、そうか」
「待って暴力反対! んで、またゾディック行くんすよね? あそこに行っときゃ間違いないっすもんね~。オツも何度か首に入れ墨の男見たことあるみたいだし」
「嫌でも向こうから近付いてくるような気もするしな。とりあえずは、そこに行ってからだな」
「守りはどうするすか」
「俺達と、芦谷だけで十分だ。今はまだ事を大きくしないほうがいい」
「ふむふむ、なるほど。了解ッス~」
ともだちにシェアしよう!