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合縁奇縁

溌剌と笑い、相変わらず端末を操作している有仁を見つめ、会話が途切れる。 軽やかに指を滑らせ、人懐こい雰囲気を湛えながら、有仁は手元へと頻りに視線を注いでいる。 トレードマークの帽子からは、夕焼けのように鮮やかな橙色が外側へと跳ねており、青年の快活さを如実に物語ってくれている。 物怖じせず、誰にでも分け隔てなく接し、日溜まりのような暖かさで忽ちのうちに心を掴んでしまう。 明朗な笑みを一目見るだけでも救われ、安心してしまう者達がきっと、自分だけではなく大勢いることであろうと思う。 「どうしたんすか、真宮さん。そんなに見つめられると恥ずかしいんすけど」 飽きもせずに見つめていると、視線に気が付いていたらしい有仁が顔を向け、人差し指で軽く顎を掻きながら、心なしか照れたように声を掛けてくる。 「何照れてんだよ」 「いや照れるっしょ! なんなんすか、もう! 急に無言で見つめてくるのやめて欲しいんすけど! なんか喋って下さいよ!」 「て、言われてもなあ。お前と話すことなんか特に何もねえし」 「あっ、ひどい! 地味に傷付くやつ! なんでなんすか! 俺はこんなに真宮さんのこと想ってるのに~!」 喚かれ、うるさそうに一方の耳を手の平で覆いながらも、自然と柔らかな笑みが零れていく。 対して、一筋の不安も過らないと言えば嘘になる。 温和な対峙など望めない、次には一体何が待ち受けているのか分からない。 かと言って、このまま放ってはおけない。 けれど、もう会いたくもなければ、二度と関わり合いになりたくない。 常に相反する感情が重々しく渦巻いて、時おり押し潰されそうになる。 向き合い方が分からず、いつまでも翻弄されていくばかりで、未だ彼の事を僅かでも理解出来ずにいる。 彼について紐解いたところでどうなる、何が変わるというのだろうか。 「あ、そういや話半分だったんでちょっと整理したいんすけど、今回の主人公は怪しげなブツっすか?」 「それも大事だ。だがそれよりも、芦谷は弟を探してる。面倒な事に首突っ込んでるのは間違いねえ」 「あ~、弟君すか。咲ちゃんてお兄ちゃんなんだ。あの甲斐甲斐しさっすもんね~、なんか納得ッス」 「芦谷 來。コイツが持っていた物から察するに、良からぬ奴等が背後についてる」 「なるほど。ヴェルフェマンが好きそうなネタっすよね~。寧ろ奴等が黒幕だったりして」 「……それならそれで、話が早くていいけどな」 周囲へと気遣い、どちらからともなく声を潜めて会話し、置かれている状況を少しずつ整理していく。 時おり視線を交わらせ、有仁は携帯電話を片手で操作しており、彼にとって欠かせない情報網である。 「ヴェルフェマンは無関係で、第三者が関わってる可能性ももちろんあるっすけど、まあそれでも何にも知らないってことはないんじゃないすかね~」 「そうだな……」 「まだそれと同じもんか分かんないすけど、どうやら最近になってじわじわと広がってるもんがあるみたいだし、丁度俺らが行こうとしている場所も、一度はやり取りがあったようっすよ」 「なに……?」 「うんうん。やっぱり此処から攻めるのは正解っすよ。ますます真宮さんを一人で行かせるわけにはいかないっすね!」 自分なりに整理しながら、早速とばかりに有益な情報収集へ勤しんでいるようであり、ゾディックの存在が尚の事ヴェルフェが絡む可能性を濃厚にしていく。 例え関わりが無かったとして、黙って見過ごすような連中ではないのだから、やはり何かしらの事情を掴んでいると考えた方が自然だ。 得られる何かはきっとある、けれどもまたしても顔を合わさねばならないのかと思うと、気が重くなる。 一人ではない事に、少なからず安堵はある。 だが一方で、一人ではいられない事に不安が募る。 「がっちんにはバレないようにしとかないとっすね~」 「ああ。お前が一番心配だ」 「あ、俺も丁度そう思ってたところッス。て、大丈夫っすよ! 流石に俺だってそこまで迂闊じゃないっすよ~。トラウマ再燃なんて可哀想っすからね。がっちんには分かんないようにするっすよ」 ちらりと様子を窺えば、丁度颯太が灰我に話し掛けているところで、笑顔で何事かやり取りしている。 明るく振る舞ってはいるけれど、あの時の傷が完全に癒えているとは言えず、特に漸には未だ恐れを募らせている。 もう彼等と関わらせるわけにはいかず、本来交わってはいけない存在である。 だが白銀との縁が完全に絶たれたとは言えない為、今後も見守っていくつもりだけれど、少なくとももう今後一切灰我を危険な目には遭わせない。 「それにしても、一体どういう代物なんすかね~」 「さあな。よく分かんねえよ」 「ふ~ん。若い子が手ェ出す感じだし、やっぱハッピーハッピー! て頭空っぽになっちゃうようなやつなんすかね~。アレそれって結構やばくない?」 「そういえば、芦谷が來の部屋でそれを見つけたって言ってたな」 「お! なら早速どんなもんか試してみたらいいんじゃないすか!? とりあえず見るからに一番頑丈そうな真宮さんがハイ冗談ッス!!」 無言で拳を鳴らせば即座に有仁が撤回し、冗談すよ冗談と向かいで必死に宥めている。 どういう形で人の手へと渡るのか、そうしてどういった使われ方をされているのだろうか。 考えたくない事、逃れたい事は生きていればごまんとあり、誰しもが人には言えない事を抱え込んでいるだろう。 だが、一時忘れたところで現実は差し迫り、いつかは必ず向き合わなければならない。 言葉にするだけなら簡単で、何とでも言える。 けれど、そのような希薄な幻想へと逃げ込もうとする存在も、いざなおうとする輩も、知ってしまった以上は良しとするわけにはいかない。 「真宮」 有仁と顔を突き合わせていると、不意に名を呼ばれて振り向く。 すると、いつの間にか居間から立ち去っていたらしい芦谷が戻ってきたところで、ナキツと共に真っ直ぐ視線を注いでいる。 そうして入れ違いで、颯太が灰我の手を引きながら歩いており、扉を開けて此処から立ち去っていく。 「持ってきた」 颯太と灰我が居間から出ていくのを見届けて、芦谷が目の前まで歩いてきたかと思えば、衣服を探りながら言葉を紡いでくる。

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