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合縁奇縁

「例のやつか」 芦谷を見上げ、玄関先でのやり取りを思い返しながら、差し出されている物を視界に収める。 聞いていた通り、手の平で黒い包み紙に覆われている其れは、外側からでは正体が分からない。 薄っぺらで、見るからに軽そうであり、吹けば直ぐ様何処かへと飛んでいってしまいそうだ。 「うおっ、コレが噂のブツっすね!? へぇ~、何なのか全くワケ分かんないっすね!」 一同の視線が集中し、芦谷の手の平へと興味が注がれている。 有仁が身を乗り出し、まじまじと見つめながら声を上げ、周りは応えるように帽子の青年を一瞥する。 「真宮……、お前に渡しておきたい。お前の好きにしてくれ。後はどうしてくれても構わない」 凛と、落ち着いた声音で告げられ、顔を上げれば芦谷と視線がかち合う。 元より逃げる気も、放っておくつもりもないのだけれど、受け取ればもう後戻りする事は叶わない。 なんとなく、何を考えるでもなく視線を滑らせると、傍らには有仁が居る。 様子を窺っており、目が合えばニッと笑い、活を入れるように握り拳を掲げてくる。 次いで視線を巡らせると、芦谷の隣で佇んでいる青年が居り、事の行く末をじっと見守っている。 目が合うと、ナキツもにこりと柔和な笑みを浮かべ、何を言わずとも常に彼等は側で付き従い、背中を押してくれているのだ。 光景を目の当たりにして、心中で想うところは多々あれど、言葉として紡げる程には整理が行き届いていない。 もう一度、差し出されているその物を見つめ、ふっと微笑み一つに想いを込めてから腕を伸ばし、かさりと音を立てて受け取る。 「でも、いいのか? 急に無くなったら、弟が黙ってねえだろ」 しげしげと見つめ、何やら固形物が入っている事を知り、芦谷に声を掛ける。 幾つも持っているなら話は別だが、それにしたって一番に兄を疑う可能性も捨てきれやしない。 「問題ない。アイツに持たせるよりずっといい。まあ、他にもまだ隠し持ってるかもしれないけどな」 「そうか……」 「ちょくちょく帰ってみるつもりだ。アイツが、それを探して戻ってくるかもしれないからな……」 「その時は、ちゃんと兄貴の威厳ってやつを見せてやれよ」 「それは……、正直自信ねえけど……。少しくらいは、まともに話せるよう努力する」 視線を逸らされ、來を思い浮かべているのだろうか、芦谷の顔が曇る。 包みを広げたところで、その物の正体なんて掴めそうにない為、ひとまずはジーンズの物入れへと忍ばせておく事にする。 芦谷の話では、黒い包みは弟が着ていた衣服のポケットから現れており、きっと肌身離さず持っていたのだろう。 それが、帰宅してからまた出ていくまでの間に失念し、置き去りになってしまっている。 そうなれば、遅かれ早かれ來は持っていない事に気付くであろうし、上着の物入れに収めていると思い出す可能性は高い。 あくまでも其れが唯一の代物であればだが、すでに幾つも所持しているのであれば戻ってくる程の事ではないかもしれない。 「戻ってくると思うか? お前の弟」 「さあな……。でも、すぐに会えそうな気がするんだよな。なんとなくだし、上手く言えねえけど……」 「ハハッ、何だそれ」 「上手く言えねえって言っただろ」 「拗ねんなよ、芦谷」 「拗ねてねえよ、バカ」 堪えきれずに笑えば、芦谷が少し恥ずかしそうに悪態をつき、宥めてみるも火に油を注いでしまう。 まあまあと、ナキツが仲裁を試みている側で、有仁が楽しそうに笑っている。 遊んでいる場合ではないけれど、和やかで心地好い空気が流れており、もう少しだけ浸っていたい。 「ところでお前よォ、もう族潰しやんねえの?」 何の気なしに問い掛ければ、あからさまに芦谷が眉を顰めており、こうなると分かっていてもつい反応を面白がってしまう。 傍らでは、どうしたものかと苦笑いを浮かべているナキツが、佇む芦谷へと視線を送っている。 「そもそも俺は族潰しじゃねえ」 「今更そんなこと言って誰が信じんだよ。容赦無く荒らす様はまるで鬼のようだってよく聞こえてきたもんだぜ~? なあ、ナキツ。有仁」 「真宮さん……、またそうやって火に油を注いで……」 「アハハッ! 手合わせする機会が無くてホント良かったっすよ~! 俺まだ生きたいもん!」 「有仁も便乗してないで少しは手を貸せよ……」 「ナキっちゃん、コレもう諦めたほうがいいって! ムリムリ! それより咲ちゃん対真宮さんなんてめっちゃ楽しそうじゃん!」 芦谷が何であろうとどうだって良い話だが、彼の強さには興味があるので、いつかは手合わせしたい想いを込めて愉快に突っ掛かる。 隣ではすっかり有仁が楽しんでおり、向かいではナキツが溜め息と共に肩を落としていて、普段と変わらぬありふれた光景が広がっている。 「そうだな。決着つけるか、芦谷」 それはもう楽しそうに、ニッと歯を見せて笑いながら芦谷を見れば、ふんと鼻を鳴らして見下ろされる。 「でかい口叩いてアッサリ負けたら、面子保てなくて大変じゃねえか?」 「おい、なんで俺が負ける事になってんだよ」 「勝敗なんて見えてんだろ。やるだけ無駄だろ」 「逃げてんじゃねえよ」 「逃げてねえよ。お前の相手なんてしてられるか。疲れるんだよ」 「あ~、なるほどな。すっかり鈍っちまったわけか。俺にアッサリ負けちまうのが嫌なんだろ」 「なんだと……? 誰が誰に負けるって」 「わざわざ言ってやらねえと分かんねえか? お前が、俺にだろ」 徐々に不穏な空気が立ち込めていき、有仁が楽しそうに事の顛末を見守り、ナキツは相変わらず頭が痛そうに佇んでいる。 冗談のつもりが、売り言葉に買い言葉でどんどん頭に血が昇っていき、真面目に語り合っていた場面から一転して賑やかになっていく。 俺の方が強い、という主張は互いに一歩も譲らず、とうとう立ち上がって顔を突き合わせていると、ナキツがまあまあと落ち着かせるべく尽力している。 有仁は楽しそうに煽り、それをナキツに咎められながらも然程悪びれもせず、果たして和やかなのか微妙な一時が騒がしく流れていく。 暫くはまだ、収拾はつきそうにない。

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