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淀みと共に

「可愛いよねえ、彼」 煙草を咥え、肩に掛かっている髪へと触れながら、毛先を摘まんで眺める。 痛んでるなあ、なんて暢気に紡いでは笑み、足を組んで寝台に腰掛けている。 ゆったりとした時間が流れ、物騒な会話からは程遠い空気を纏い、かの青年を思い浮かべている。 同じ金髪だけれど、我が身とは多少色合いが異なっており、件の青年はより鮮やかでいてぎらつき、まるで他者を威嚇し拒んでいるかのような風貌である。 額を晒し、髪を逆立てている様はよく似合っていて、より來という青年を好戦的に見せている。 けれども実態は可愛げがあり、笑みからは優しさが零れ落ちるばかりであり、この世界は彼にとって大層荷が重いと言えよう。 一生懸命に悪くなろうとしているような、甘さを捨てきれない青年をとてもいとおしく、それでいてとても愚かで危うく思う。 彼の背中を押し、突き動かしているものは何だろうかと考えて、すぐにも思い当たる人物へと辿り着く。 「本当はお兄さんの事、大好きなんだよねえ……。きっと」 とある日の光景が蘇り、苦々しく吐き捨てていた來を思い浮かべては、可笑しくて仕方がなさそうに言葉を紡いでいく。 確かに嫌いなのだろうが、本当に忌々しく思っているような気配は感じられず、寧ろ単に拗ねているような気がしてならないのだが、本人が聞いたらまず間違いなく怒り出すだろう。 「お兄さんはどうしているのかなあ。あれから会えていると思う……?」 「さあ……、自分にはどうでも良い事ですが」 「もう、冷たいなあ。ねえ、どんなお兄さんなんだろうねえ。きっと來君に似て綺麗な人なんだろうなあ。名前は確か、咲さんだったかな」 「御入り用なら調べさせますが」 「う~ん、どうしようかな。來君をからかって聞き出すのも楽しいしねえ」 煙草を手に、兄の話題を振るだけで途端に機嫌を損ねてしまう來が過り、それはきっと愛情の裏返しなのだろうとけらけら笑う。 一人で楽しんでいると、時を共にしていた男が無言で歩み寄り、灰皿を差し出されて初めて煙草の現状に気が付く。 ああでもない、こうでもないと思考を巡らせている事に夢中で、灰が零れ落ちそうになっているなんて思いもしなかった。 「相変わらず気が利くなあ」 「それで、これからどうしますか」 有り難く灰皿を受け取り、トントンと軽く縁へと触れさせながら灰を落とし、そうしている間に男は静かに離れていく。 「もう少しゆっくりと楽しみたいけれど、元よりそんなに時間もないしね。俺にはもっと、会いたい人がいるからさ」 笑みは絶やさず、しかし穏やかな物言いとは裏腹に眼差しは凍てつき、一点を見つめて語り掛けている。 「本当はさ、様子を見てきてほしいだけなんだろうね。余暇なんて言って、あんなに舎弟を寄越すなんておかしいものね。全く、回りくどいなあ。でも、そういうところも……ね」 何処か遠くを見つめるように、独白へと変わりつつある言の葉を耳にして、男は顔色一つ変えずにじっと佇んでいる。 「そろそろ真っ向から会えるように手筈を整えようか。でも、ただ会うだけではつまらないから、少しは工夫を凝らしてあげないとね」 「工夫、ですか」 「うん。実際に会うのは俺も初めてだし、記憶に残るような一時にしてあげたいよね」 はあ、と相変わらずぶっきらぼうな返事が聞こえるも、笑みにはすでに柔らかさが戻っている。 「來君てさあ、ちょっとあの人に似てると思わない?」 「そうですか? 似ても似つかないと思いますし、失礼では」 「え~、そんな事ないと思うなあ。たまに捨てられた仔犬みたいな目ェしてる時ある」 「都合の良い幻でも見たんすよ」 「あ、信じてな~い」 全く相手にしてもらえず、頬を膨らませて異を唱えるも男には面白味がない。 話題にした人物へと思いを馳せ、確かに來とは似ても似つかないと分かっているのだけれど、何も容姿について述べているわけではない。 あの人、そう言い表した存在へとかしずいてから、どれだけの時が流れているであろうか。 灰皿へと煙草を押し付け、儚き灯火を消し去りながら微笑み、ほんの少し先の未来を想像してみる。 全ては手の平の上、達成するにはあまりにも容易い目的である。 僅かな期待と、僅かな疎ましさを孕みつつ、思い出したように衣服の物入れから黒い包みを取り出してみる。 次いで一つくれてやった金髪の青年を思い浮かべ、気紛れに彼を巻き込んだ事でどのような楽しい凶事へと成りうるのだろうかと愉悦を湛える。 「少し遊んであげよう。土産話へと花を咲かせられるようにね」 一息ついてから立ち上がり、距離を置いて佇んでいる男を見つめ、にこりと見目麗しい容貌へ笑みを湛えながら近付いていく。 「せっかくだから君に似合いの恰好を選んであげるよ」 「は……? いえ、自分でやるんで結構です」 「まあまあ、そう言わずにさ~! かっこいいお洋服着せてあげるから安心しなよ」 「不安しかないですね」 傍らへと並び、ぽんと肩を叩いてから背中を押すと、男はあからさまに怪訝な表情を浮かべている。 いつもの事であり、それがまた楽しみの一つでもあるのでお構いなしに腕を引き、隣室への扉に近付いていく。 「君にも出番があるかもしれない」 「喜んで。寧ろ出番がないと退屈で死にそうすね」 「そうだよね、大丈夫だよ。チームなんてものがどの程度か知らないけれど、中には骨のある奴もいるかもしれないよ」 「そうっすか。だといいんですけどね」 「よし、まずは強そうな恰好を見繕わないとね」 「なんでそうなるんですかね」 冷静な返しには聞く耳持たず、鼻歌混じりに男を引き摺って歩き、まるで面白い遊びでも見つけたかのように上機嫌である。 男は溜め息を漏らすも、抗うつもりもなく黙って連れられて歩いており、まだ当分解放は見込めないようである。 「あ、それともお揃いがいいかな」 「勘弁して下さい」 「そんなに照れなくてもいいのに、参ったなあ」 何か言いたそうに視線を注がれるも、はあと溜め息を漏らしてどうやら諦めた様子であり、そうしてまた男は大人しくなる。 肩を並べ、男の様子を窺いながらふっと笑むと、引き連れて部屋を後にした。

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