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鬼事遊び 〈1〉
踏み入れば、瞬く間に世界は倒錯し、今宵も独特の雰囲気に支配されている。
七色の煌めきが乱舞し、耳をつんざくような重低音が轟き、あちらこちらで思い思いに過ごしている客の姿が映り込む。
場内は薄暗く、縦横無尽に若者が闊歩しており、掻き分けながらとりあえず奥へと歩みを進めていく。
楽曲に合わせて踊っている者や、酒を飲みながら座談に夢中な群れ、気儘に煙草を吹かせている一匹狼等と様々であり、あらゆる人種が箱庭に集っている。
何時訪れようとも変わらぬ空気に満ち、享楽的な夜へと溺れて日常を忘れ、今だけは望む夢を見つめながら一時を過ごしている。
「いつ来てもスゲェ人だな。頭痛くなっちまう」
「そんな繊細なタマっすか真宮さんが!」
「なんか言ったか、有仁~! ココうるせえからよく聞こえねえなあ!」
「いててててっ! はっきり聞こえていたとしか思えない報復喰らってるところなんすけど、地獄耳!」
「誰が地獄耳だ、この野郎!」
「めっちゃ聞こえてるじゃん!!」
うるさそうに一方の耳を塞ぎ、人波を漂いながら不満そうにぼやくと、即座に溌剌と声を掛けられる。
騒々しくともすんなり言葉を拾い、すかさず傍らを歩いていた有仁の肩へと腕を回し、肘を曲げて首を絞めながら同行する。
無理矢理に引き寄せ、腕を掴みながら何やら喚いているものの、今度はよく聞き取れなかった。
けれども悪口だけは丁度良く聞こえ、ここぞとばかりにヘッドロックをお見舞いしてやり、静けさとは無縁な空間を仲良く歩む。
しかしながら恐らく、何を言っているか不明であっても同じ事をしていたであろう、なんとなくという有仁が騒ぎそうな理由で。
「咲ちゃん、大丈夫っすか~!? ちゃんと付いて来てる?」
一通り弄び、満足したところで緩んだ拘束から有仁が逃れ、後には振り向いて元気に手を振っている。
手加減し過ぎたか、と残念そうに胸裏で呟きつつ、倣って振り返ればナキツと芦谷が後を付いて来ており、一方は本当に頭が痛そうにしかめっ面をしている。
ナキツは平然としているが、芦谷が心底やかましそうに眉を顰めており、黙々と後ろを歩んでいる。
「おいおい、大丈夫か? 」
立ち止まり、芦谷の顔を覗き込みながら話し掛けると、僅かに唇が動く。
ああ、とでも相槌を打っていたのだろうが聞こえず、同時に溜め息も吐いていそうな雰囲気である。
いつしか全員が佇み、先日の一件から舞台をクラブへと移し、目当ての輩を捜す為に入り込んでいる。
つい先程辿り着いたばかりだが、気付けば芦谷が居心地悪そうに黙しており、どうやら騒がしい場所は好まないようである。
「大丈夫だ。ちょっと人に酔っただけだ……」
「え、そっちもかよ」
人混みも不得手なようで、思わず真顔でつっこんでしまう。
それでも成し遂げたい事の為、文句も言わずに行動を共にしており、時々辺りへ視線をさ迷わせている。
照明により遠くまでは見通せず、地道に歩き回って探りを入れるしかなく、そう簡単には事を運べないであろうと踏んでいる。
「二手に分かれるすか? んでまた此処集合!」
腕組みし、行き交う人々を何とはなしに眺めていると、有仁がハイハイと挙手しながら提案し、面子を順に見て反応を窺っている。
「そうだな。その方が効率もいいか。でも」
「分かってるっすよ! 無茶はしないしない! 見付けてもいきなり飛び掛かったりなんてしないっすよ~! 真宮さんじゃないんだから!」
「わりぃ、有仁。聞こえなかったからもう一回頼むな」
「真宮さん最高ッス!! さ、ナキっちゃん行こうか!」
仄暗いとは言え、ぞろぞろと固まって行動していては目立つ上、視線を滑らせていては他に目的がある事を如実に物語ってしまう。
一目では悟られないにしても、注意深く観察すれば箱庭に然して興味がない事など丸分かりであり、ヴェルフェともなれば直ぐ様感付いてくれるであろう。
彼等を捜しているのだが、相手よりも先に視認したいところであり、出来るだけ闇に紛れて探りたい。
二手に分かれればそれだけ危険も減り、より少ない時間で見回れる。
それではどういう組み合わせにしようかと、考える間もなく有仁が慌ててナキツの腕を掴み、ぐいと力任せに引っ張っている。
ナキツと言えば、唐突に話を振られて驚き、気が付けば引き寄せられていて心なしか慌てている。
「それじゃ、また後で~! とりあえずナキっちゃん、まずは一杯やっちゃう!?」
おいコラ聞こえてんぞ、と思いながら呆れ顔で見送りつつ、共に残された芦谷と暫し立ち尽くす。
「賑やかな奴だな」
「うるせえだけだぞ」
騒がしいので自然と近付き、すぐに群衆へと呑まれて消えた方向をぼんやり眺め、暢気に言葉を交わす。
「つうか大丈夫なのかよ、お前」
「流石にもう慣れた。喧しい奴なら家にも居るしな……」
「ん?」
「いや、何でもない。それで、俺達はどうする。何処から行くんだ」
「あ~、そうだな。あいつらとは逆方向からでいいんじゃねえか」
「そうか、分かった」
芦谷が頷き、合図に踏み出せば彼も倣い、再び異界の散策を始めていく。
こうしている間にも、すでにもう何処からか高みの見物を決め込んでいるのではないかと思え、それはないと即座に打ち消す。
けれど、このまま運良く見付けたとして、芦谷を易々と会わせてしまって良いものだろうかと、今更ながらに迷いを晴らせない。
なるようにしかならず、今になって思い悩んだところでどうにもならない。
いつからこんなにも、下す決断に自信が持てなくなってしまったのだろう。
正しいのか、最良なのかと問い掛けても答えは無く、胸裏で疑念を募らせている間にも歩みは止まらず、芦谷と肩を並べて進む。
時おり会話をしつつ、視線をさ迷わせても芦谷には顔が分からず、実質一人で探すしかない。
だが、その前に片付けなければならない事もあるようで物思いに耽っていると、傍らを歩いていた芦谷が声を掛けてくる。
「なあ、真宮」
「あ? なんだよ」
騒々しいので多少声を張り、次いで視線が交わる。
表情からは読み取れず、何を言おうとしているのかは分からない。
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