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鬼事遊び 〈1〉
視線を向ければ、芦谷が不機嫌そうに此方を見つめており、まだ何か言いたそうに唇を開いている。
けれども、待てど暮らせど二の句は紡がれず、大層気持ちの込められた溜め息がその内聞こえてくる。
「なんだよ、言いてえ事があんならはっきり言えよ」
「お前に何言ったってどうせ無駄だろ。いちいち取り合うのも面倒臭い……」
「あ~、尻尾巻いて逃げんのかよ。なっさけねえなあ」
「言ってろ……。少しはお前の相手させられる俺の身にもなれ」
「なんだ、じゃあ嬉しいって事じゃねえか」
「……一応聞いておく。なんでそうなるんだ……」
「俺と一緒に居られるなんて嬉しいだろ。なっ、芦谷!」
「ハァ~……、疲れる。俺の話ちゃんと聞いてたか……。なあ、真宮……」
肩へと腕を回し、ぐいと抱き寄せながら顔を近付け、額で頭部を軽く小突く。
芦谷と言えば、最早払い除ける事すら億劫な様相であり、何度目かの沈痛な溜め息を漏らしている。
額に手を添え、目元を隠しながら俯いており、疲れている様子が見て取れる。
それがまた可笑しくて、間近で覗き込みながら喉を鳴らしていると、笑うなとばかりに腹部へと拳を喰らわされて呻く。
「テメ、このやろ……」
「ああ、悪い。お前なら簡単に避けるかと思ったのにどうしたんだ?」
「お前な……、一瞬息詰まったぞ。殺す気かよ」
「まさか避けられなかったのか? お前が? 身体が大分鈍っちまった俺の拳なんかで息が詰まるなんて、お前どうしたんだよ」
「取り合うのめんどくせえとか言いながらテメエも大概だろ。この状況で避けれるか? つうかンな事するかよ、いきなり何すんだテメエは!」
「なんとなく、つい、出来心で」
「お、お前なっ……」
しおらしくしていたかと思えば、唐突に手痛い仕返しをされ、腹を擦りながら芦谷に文句を連ねる。
けれども彼は何処吹く風で、余所見をしながら適当に相槌を打っており、心からの反省は見られない。
油断も隙もねえなと苦虫を噛み潰し、本来の目的から大分遠ざかっていると、群衆から抜けて開けた場所に辿り着く。
先には非常口を示す灯りが見え、目ぼしい物事が周囲には無いからか、人々の視線から外れやすい。
同時に、何かを仕掛けるにも打ってつけであり、察する頃には自然と互いに離れて振り向き、飛び掛かってきた影を捕らえる。
頬を掠め、改めて繰り出された一撃を手の平で受け止め、強く握り込む。
未だ灯っていない煙草を咥え直し、力ずくで事を成そうとしている者を拝むも、特に見覚えがない。
首を傾げ、誰だコイツなんて暢気に考えていると、敵対者が衣服を探って不穏な行動を見せる。
そうして取り出された物が一瞬煌めきを帯び、依然として一方の拳を捕らわれながら刃物を構え、傷付けようと振りかぶってくる。
短絡的な行為に溜め息が零れ、避けてから手首を掴めば間近に迫り、丁度良いところに額が見えたので頭突きをお見舞いする。
それだけで相手は仰け反り、一気に脱力して刃物を取り零し、足元が覚束無くなってしまう。
腕を引っ掴んで向きを変え、背後から腕を回して首を締め付け、壁際へとずるずる引き摺っていく。
「やっぱりお前の客だったな。恨まれ過ぎだろ……。で、コイツは誰だ」
手を出さず、眺めるに徹していた芦谷が口を開き、しげしげと見つめながら声を掛けてくる。
「くっ、離せ……。忘れたとは言わせねえぞ」
誰彼構わず、ではなく始めから狙いを定めていたようであり、どうやら相手はよく知っているらしい。
「誰だ、お前。会った事あったか?」
「ふざけんなっ、く……テメエ、しらばっくれんじゃねえぞっ……」
「つってもよォ、分かんねえもんはしょうがねえしなあ。ま、覚えてたって仕方ねえよな。隙を突きたきゃもう少し静かに狙えよ。見過ぎなんだよ、お前」
ぐ、と力を込めれば刺客の首が絞まり、苦悶の表情を浮かべながら腕を掴んでくるも、愉快げに耳元で囁いて一笑に付す。
「落ち着けよ。こんな所で騒いでもお互い損だろ。遊びてえなら相手してやるから、まずは一服でもどうだ? ほら」
つい先程まで咥えていた煙草を手に取り、耳朶を擽るように囁きながら眼前へと其れを差し出し、離れようと藻掻く彼を促す。
芦谷は周囲を見渡し、まだ潜んでいる輩がいる事にも気付いている様子で、特に構えるでもなく佇んでいる。
「咥えろ」
往生際悪く抗おうとする男に、一際低く囁きかければようやく観念したのか、口にした煙草が微かに震えている。
火を点けてやろうとライターを探し、衣服の物入れから取り出すと、無抵抗の青年へと差し出す。
幾らでも反撃に移れそうで、実際は隙が無い事に気が付いてしまったのか、男は冷や汗を掻きながら自由を奪われている。
「その辺にまだ仲間がいるよな。まとめて掛かってきてもいいぜ? ほら、相手ならアイツがするから」
「おい、お前な……!」
「良かったな、芦谷! 久しぶりに暴れられるぜ! 殴りたくて仕方なかったろ!」
「だからお前は俺を何だと思ってんだよ……」
にこやかに声を掛けると、即座に芦谷が異議を申し立てるも、俺は手ェ一杯なんだと笑えば更に不満そうな顔をしている。
「そいつ抱えながらでも出来るだろ。そもそもお前の客だ」
「なあ、お前……族潰しって知ってるか。あの悪名高い誰だろうと容赦無くぶちのめす奴が実は」
「ああもう、黙れお前!」
緊張感なんて皆無で、男を挟んで暢気に会話し、族潰しという名を紡げば芦谷が語気荒く睨んでくる。
「まあまあ、芦谷。お出ましだぜ」
「ちっ、お前……後で覚えてろよ!」
朗らかに状況を楽しんでいると、痺れを切らした弱き者が暗がりから現れ、一人目が飛び込んでくる。
捕らえている者を含めれば、姿を現した輩を入れても四人が姿を見せており、どうやらこれで役者は揃っているようだ。
一直線に此方へ向かい、その手には刃物を携えており、捕らえている者が身動ぎながら声にならない悲鳴を上げている。
「折角くれてやったんだから落とすなよ。勿体ねえから」
煙草を咥えさせている男へ語り掛け、取り出していたライターを灯らせると、先へ揺らめきを近付ける。
そうして目前では、溜め息を吐きながらも芦谷が立ち塞がり、悠々と進撃を喰い止めている。
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