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鬼事遊び 〈1〉
難無く制され、反撃を恐れた客人が刃物を易々と取りこぼすも、直ぐ様もう一方で正拳突きをしてくる。
風を切り、渾身の一撃をお見舞いするも、芦谷は怯む事無く軌道を読む。
即座に肘を曲げ、眼前にて両の拳を構えながら防御し、やや左へ傾いたかと思えば目にも止まらぬ速さで振り上げた右足が、相手の頬を確実に捉えている。
繰り出されていた拳は当たらず、芦谷の腕と、叩き込まれている足の間をすり抜けていき、蹴りを喰らわされた男の足元が揺らぐ。
だが耐え忍び、両の足で踏み止まりながら転倒を避け、未だ双眸にはぎらぎらと闘争心が宿っている。
けれども芦谷は冷静であり、一撃を終えて直ぐ様態勢を整え、相手の出方を窺いながら構えている。
全く衰えておらず、今でも身体を鍛えているであろう事が分かり、このような状況でありながら楽しくなって笑みが零れていく。
結局コイツも、俺とおんなじなんだよな。
戦い慣れしている背中を見つめ、心なしか生き生きしているようにも映り込み、涼しい顔をしていながらもきっと内心では楽しんでいるに違いない。
ひと度渦中へと身を置けば、今ではどれだけかけ離れた日々を送っていようとも、降り掛かる火の粉に反応して即座に打ち倒す。
「いやあ、全然鈍ってねえな。そいつら終わったら俺ともやろうぜ」
「なんでそうなるんだよ。そもそもこいつらはお前の客だろ。なんで俺が相手させられてお前は暢気に傍観してんだよ」
「お前の腕が落ちてるんじゃねえかと心配で」
「余計なお世話だ! 押し付けてないで少しはお前も手伝え!」
「一人じゃ心細いのかよ。俺の手借りなきゃ不安か、芦谷」
「お前……、後でシメるからな。覚えてろよ」
どうやら怒らせたらしく、涼やかな声音に確かな怒気が孕まれている。
相変わらず背を向け、どのような表情をしているのかは不明だが、刺すような視線を相手に向けている事であろう。
対峙している男は、更なる勢いを増して拳を振り上げ、立ちはだかる芦谷を蹴散らそうと追撃する。
それを咲は、手で受け止めもしなければ避けもせず、真っ直ぐに放たれる拳を見据えながら身を捩り、相手の腕へと素早く上げた右足を当てて払い落とす。
そうして勢いを殺さずに風を切り、体勢を崩していた男の顎へと回し蹴りが決まり、よろめいた輩が床に手を付きそうになる。
隙を見逃さず、先程までの物静かな様が嘘のような獰猛さで、駄目押しとばかりにもう一発蹴りを叩き入れており、とうとう青年が崩れ落ちて人波へ溺れる。
「うわ容赦ねえなあ、お前。怖っ」
「八つ当たりだ。恨むなら真宮を恨め。コイツの情報なら幾らでもくれてやるぞ」
「は? お前……、裏切り者!」
「裏切るような親しい仲でもねえだろお前となんか」
「何言ってんだよ、俺らダチだろ~!?」
「ダチじゃねえよテメエなんか! 面倒事ばっか押し付けやがって!」
「いいじゃねえか。お前族潰しだし。ほら、これ本来の仕事仕事」
「違うって言ってんだろ! その呼び方やめろって何度言ったら分かんだよ、この喧嘩屋! ホントお前は分からず屋だな!」
「そりゃテメエだろ。俺滅茶苦茶聞き分けいいぜ」
「ふんぞり返るな!」
ああ言えばこう言う、延々とどちらも譲らぬ言い合いが続いており、間に挟まれて冷や汗を浮かべている男の顔が歪んでいる。
無様に転がされた男は未だ立てず、周囲の客が少しずつ異変に気付いてざわめき、遠巻きに此方とを交互に見つめている。
控えていた男達が駆け寄り、容易に立ち上がれぬ手負いの輩を気遣っており、今のところまだ次なる動きはないようである。
口喧嘩をしながらも、芦谷が周囲の変化を気に掛けている事はよく分かり、いちいち話をする手間が省けて行動に移しやすい。
これ以上は此処に居られない、あまりにも目立ち過ぎている。
ほとぼりが冷めるまでは姿を隠さなければと見合い、次いで両者が滑らせた視線が非常口へと辿り着き、捕らえた一人と共に人気のない場所を目指して動く。
彼等がこのまま大人しく引き下がるとは思えず、どうせ今にも間抜けな面を晒して付いてくる。
それならばもっと適した場所へと連れ出し、事を片付けてから改めて本来の目的に着手すればいい。
囚われの男を挟み、芦谷と共に薄暗がりへと紛れ、後方の気配に注意しながら非常灯を目指していく。
ちらりと振り向けば、丁度倒れていた男に手を貸しているところであり、後を追おうとしていると察する。
不穏に気付いている客は、察していながらも巻き込まれるのは御免であり、誰もが見てみぬ振りをして視線を外している。
その方が好都合であり、無関心を決め込んでいる客を余所に、面倒な輩を引き連れて場を後にしていく。
「それで、お前はまたどうしてこんな奴を狙おうと思ったんだ。物好きだな」
「おい、なんでそんな棘があんだよ」
「煙草なんて吸ってる場合か。こんな物そいつに預けちまえ」
「おいテメエ無視かよ、うっ……!」
非常灯を潜れば、一枚隔てた先は静けさが漂っており、簡素な照明により通路が光を帯びている。
端から見れば、どちらが悪者か分からないような状況であり、囚われた男は煙草を咥えさせられてとうに戦意を失っている。
芦谷が話し掛け、直ぐ様邪魔な煙草を奪い、あろうことか元の持ち主へ差し出して口に押し込んでくる。
話している途中の横暴に驚き、唐突であった為に間抜けな声を漏らしてしまい、次の瞬間には自らの手で煙草を引き抜いて文句を放つ。
「テメエな! いきなり何すんだよ、びっくりすんだろ!」
「こんな奴の何がいいんだ。報復なら相談に乗るぞ」
「おい聞け。何徒党組もうとしてんだよ、おかしいだろ」
挟まれている輩はすっかり萎縮し、両側からの圧力に心を折られており、果敢に立ち向かってきた姿など最早何処にも見受けられない。
諦めて答えようにも火花が散り、口を挟む隙も与えずに未だ鬱憤をぶつけ合っており、確かにこれは一筋縄ではいかないような存在であると今更ながらに男は納得させられていた。
首を獲ろうと襲い掛かって返り討ちにされ、逆恨みからの凶行というよくある話だけれど、そのような出来事が日常茶飯事で意にも介していない暢気な会話が飛び交っている。
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