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鬼事遊び 〈1〉
黒髪を風に弄ばせ、冷ややかな双眸が一点を見つめ、煙草を手に佇んでいる。
何を企んでいるのか分からず、一切を語る事無く足を止めており、首筋には物騒な影が揺らめいている。
「お前……」
視線を逸らせず息を呑み、予期せぬ再来を煽るかのように風が流れ、長身の青年が真っ直ぐに此の身を捉えている。
そうして一歩を踏み出し、時おり紫煙を燻らせながらゆったりと歩み、未だ口は開かずとも正体はとうに知れている。
「ヒズル……」
名を紡げば、徐に携帯灰皿を取り出しているところであり、紫煙を散らしながら煙草を捩じ込んでいる。
緊迫感が伝わり、誰もが唇を閉ざして黒髪の青年を見つめており、一挙手一投足から視線を逸らせない。
何にも言わず、距離だけが少しずつ近付き、相手の出方が全く予想出来ない。
本来の目的は彼等と顔を合わせる事であり、やはり居たのかと思いつつも想定外な状況であり、変に誤解を招いても致し方ないような対面である。
「さっきのはお前の仕業か……? おい、黙ってねえで何とか言え」
角の向こうで起こっていたであろう荒事を指し、お前がやったのかと問い掛けるも答えは無く、いつしか目の前までやって来たヒズルが立ち止まる。
一体何を考えているのかと巡らせても、無駄な一時を過ごしてしまうだけであり、彼の真意なんて容易には読み取れない。
場内の熱気が嘘のような冷えを感じ、先程から静かに通り抜けていく小夜風が肌寒さをもたらしている。
睨み付けるも、相手は眉一つ動かさず見つめており、相変わらず表情に変化は現れない。
両者を見つめ、芦谷は何かを感じ取って僅かに距離を置き、黙って行く末を見守っている。
「どいてろ」
ヒズルと視線を合わせたまま、それまで自由を奪っていた男から手を離し、肩を押して脇へと逃がしてやる。
何故このような事をしているのか説明出来ないけれど、なんとなくそうした方が良いような気がした。
そうして程無くして、何の前触れもなく風を切る音が聞こえ、身体が勝手に反応して一撃を制する。
「どういうつもりだ……」
ぐぐ、と拳を掌で受け止めながら掴み、間近で相対する彼へ問い掛ける。
唐突に絡まれ、疑問符を並べたところで意味は無く、元より仲間ではない。
いつこうなってもおかしくはないのだから、目先の事に集中しなければ喰われかねない。
「手合わせ願おうか」
「誰に喧嘩売ってんだテメエ」
共に一歩も引かず、力比べをしながらようやくヒズルが口を開き、視線を交わらせて笑みを返す。
どうしてこのような展開になっているのかは分からないが、所詮断っても無駄であり、すでに事は始まってしまっている。
一戦交えない事には話も出来ないようであり、ヒズルは相変わらず無機的な視線を寄越し、内面を一切窺わせないでいる。
直前で逃がした男は尻餅を付き、何がなんだか分からない様子で見上げ、芦谷は距離を取りながらひとまず黙って観察している。
「何を企んでるのか知らねえが後悔するなよ」
好戦的な眼差しを向け、笑みを湛えながら牙を剥くも、流石に彼は動じない。
ふっと力が弱まり、倣って手を離した事を合図にヒズルが仕掛け、改めて拳を放ってくる。
仕方なく煙草を手離してから身構え、今度は受け止めずに腕へ当てて流し、眼前で拳を構えていると次いで素早い回し蹴りを叩き込まれる。
重たい一撃に鈍い音が漏れ、避ける事なく構えていた両の腕で阻み、手痛い攻撃を受け止める。
足を下ろした隙に距離を詰め、狙いを定めて拳を叩き込もうとするも、彼は素早く避けて決めさせない。
攻防が続き、悠長に考えている暇も無く対峙し、決め手となりそうな一撃は未だどちらにも無い。
其処で情けなく尻餅を付いている輩とは比べ物にならず、気を抜こうものなら確実に隙を突かれ、引導を渡されかねない。
「流石に一筋縄ではいかないな」
「いきなり現れたかと思えば何でこんな、ちょ、おいっ! まだ喋ってんだろ!」
容赦無く追撃され、ゆっくりと話もさせてもらえないようであり、慌てて避けながら捲し立てる。
ちらりと周囲を窺えば、未だ男は呆けたまま座り込んでおり、状況が呑み込めていないようである。
芦谷と言えば、腕を組みながら佇んでおり、扉の方まで移動してすっかり傍観者となっている。
先程までとは立場が逆転し、そしてどう考えても釣り合いが取れていない。
話を聞けるような雰囲気ではなく、そもそも攻防が止まずにぶつかり合い、本気で潰しにきているのかと不穏が過っていく。
安易に単独では動かない、そういう輩ではない。
放った拳を防がれ、その場で素早くヒズルが転回し、腕を曲げて肘鉄を喰らわせてくる。
咄嗟に腕で制するも強烈であり、じんわりと痺れるような感覚が走り抜ける。
流石に容易な相手ではなく、過去にナキツが手こずったのも頷ける。
だが一度でも倒れるわけにはいかず、そうなってしまえば全てが地に墜ちる。
予想外の戦闘へ招かれ、訳も分からぬまま手合わせを続けていると、視界に先程潜り抜けてきた扉が映り込む。
防いでは放ちを繰り返し、何度も視界から外れながらもどうしてか見てしまい、やがてギギという音に気が付いた後にハッとする。
「あの野郎……!」
ゆっくりと開かれていく扉から、遠目ながらも見間違えようのない姿態が現れ、ギギとまた大きな音を立てて閉ざされていく。
仄かな灯りに包まれて、夜風にさらりと白銀を揺らし、一人の青年がきっと微笑を湛えて佇んでいる。
捉えた瞬間には頭に血が上り、ぎりと歯噛みしながら先を睨め付けるも、彼は涼しい顔をして辺りを見つめている。
そうして殆ど同時に芦谷の存在に気が付き、銀髪の青年が近づいていくのを見て嫌な予感がし、駆け寄ろうとするも思うようには行動させてもらえず、顔面へと怖気が走るような影が迫り来るもすんでのところで屈んで避ける。
直ぐ様向き直れば、繰り出していた拳を下げており、とても此処から離れさせてはもらえないようだ。
「俺を前にして余所見とは、随分と余裕だな」
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