268 / 343

鬼事遊び 〈1〉

一体この男は、何者なのであろうか。 視線を交わらせ、今尚一進一退の攻防を繰り広げている彼等を思い浮かべ、どのような鎖で繋がれし関係であるかを考えていく。 なよやかな風が過ぎ行き、淑やかなる青年が白銀を揺らめかせ、蠱惑的な眼差しを注いでは笑んでいる。 静けさ漂う傍らでは、息をもつかせぬ競り合いが続いているようであり、時おり話し声が聞こえてくる。 視線は向けられず、同様に漸も微動だにせず佇み、長らく見つめ合っている。 黒衣の青年は艶美に笑い、何もかもを見透かすような双眸で捉え、悠々と芦谷の出方を窺っている。 そうして一歩近付き、徐々に間合いが狭まっていき、それを分かっていながらも咲はじっと立っている。 未だに状況を把握出来ず、どうしてこのような事態に陥っているのかも分からず、ゆっくりと考える時間すら与えてもらえない。 誘いに乗るしかなく、元より逃がすつもりはないようであり、優美さに紛れた獰猛さを僅かに感じ取る。 コツ、と靴音がして視線を落とし、少しずつ距離を詰めていく漸が映り込み、足元を注視する。 まるで勿体ぶるかのようにゆるゆると、品の良い青年が何歩目かを踏み締めた際に、爪先が領域へと無遠慮に押し入ってくる。 瞬間、がらりと空気を変えて神経を研ぎ澄ませ、躊躇いもなく銀髪の青年へと一撃を仕掛けていく。 「思った通り。やっぱり出来る子なんだね」 右足を掲げ、間合いに踏み込んできた白銀へと蹴りを入れるも、素早く身を翻して両手で制してくる。 力強く打ち付け、鈍い音が聞こえてくるも五分から変化は無く、漸の口を閉ざすには至らない。 たった一発で決するとは思わず、避けられて当たり前と考えていただけに驚かず、芦谷は冷静に次の手へと思案を巡らせていく。 漸は満足そうに笑み、両の手で芦谷の足をぐいと下ろしてから直ぐ様転回し、お返しとばかりに敏速な蹴りを放ってくる。 ヒュ、と風を切りながら猛悪たる一撃が迫り、受け止めるには間に合わないと察してわざと体勢を崩し、その場で地面へ手を付く。 予想していたよりも数段速く、的確に狙いを定めて打ち込まれてきた蹴りが、仕留め損ねた頭上でぴたりと制止している。 時にしてみれば僅かな間、この機を逃すまいと瞬時に足払いをし、軸足を蹴られた漸が体勢を崩す。 よろめき、倒れていく青年を視界に収め、大抵の者ならば足を取られては無様に転がるものだが、きっとそうはならないであろうという漠然とした確信があった。 現に彼は、焦りの表情なんて微塵も浮かべず、前のめりになりながら片手を地へと付かせ、勢いを殺さずに側転して体勢を整える。 殆ど同時に向き直り、視線を交わしながら振り出しに戻り、初撃からの探り合いが瞬く間に過ぎ去る。 「足技が主体なのかな。真宮とは正反対だね。俺とは似た者同士かもしれないけど」 出方を窺いながら見つめ合い、漸が微笑を絶やさずに語り掛けている。 「そんな手荒な真似をするようには見えないのに、人は見掛けによらないね。君を怒らせたら怖そう」 「お前……、一体何を企んでる。それに何者だ」 「名前だけじゃ足りないかな。そんなに俺の事が知りたいの? ますます可愛いね」 「からかうな。何で会って早々こんな事しなきゃならない」 「でもさ、楽しそうだったよ。大人しそうに見えて、意外と気性荒いんだ。もしかして負けず嫌い?」 「そんな事どうだっていいだろ。それよりもまず、この状況を……」 「まあまあ、もう少し遊んでからでもいいだろ……? 今向こうへ割って入っても、君のお友達が怒るだけだろうし」 言ってから漸が視線を向け、芦谷もそれに倣う。 未だ争いが続いており、掴み合っては離れてを繰り返し、決するような一撃を繰り出せずにいるらしい。 友人、と形容するにはまだ芦谷には躊躇いがあり、黒髪の青年と拳を交えている人物を見つめる。 人となりについてそれほど知っているわけではないけれど、どうしてか不思議と信用出来、多くの者に慕われている事実に頷ける。 そして無類の喧嘩好きでもあり、始めこそ戸惑いながらも今ではすっかり楽しくなっているのだろうと、やり取りを遠くに見つめて芦谷は軽く息を吐く。 割って入ったら確かに怒り出すだろうな、と過らせて溜め息を漏らし、向こうが終わらない限りは話も進みそうにないので視線を戻し、再び漸と相対する。 「随分と手慣れてるな。俺を誘うくらいだ。お前もよっぽど好きなんだな」 「うん、お兄さんの顔好きだよ」 「それはどうでもいい。俺からしてみれば、お前の方がよっぽど手荒な事なんてしそうにないのにな」 溜め息混じりに語り、すらりとした体躯の美々しき青年を見つめる。 戦い方が似ていると話していたが、確かに似通っている部分はあるのかもしれないと、次の手を考えながらふと思う。 けれど、眼前にて行く手を遮っている男は、そんなに容易く予想通りに動いてくれる人物ではないだろうと過らせ、じりと芦谷が一歩を踏み出す。 僅かな手合わせで察し、手を抜いたらあっという間に喰われかねないと身を引き締め、会話をしながらも警戒は緩めない。 「今夜は何をしに此処へ?」 「お前に関係あるのか」 「う~ん、あるかもしれない。あったらいいな。そうしたらもっと一緒に居られるね」 「俺は別に、お前と一緒に居る気なんてねえけど」 「つれないなあ。力ずくで奪われる方が好き?」 「お前にはなびかねえよ」 「ふうん。まるでもう決まった相手が居るような言い草だね」 「……まあな」 つい思い出し、とある人物を思い浮かべて微かに笑み、今度は芦谷から近付いていく。 柔らかな表情を浮かべた自覚はなく、直ぐ様意識を目先の青年へと注ぎ、眼光鋭く足技を仕掛ける。 漸は笑み、放たれた一撃を確実に読んで左足を上げ、攻撃を受け止める。 だが阻まれても芦谷は退かず、打ち合った左足を一旦離れさせてから再び勢いを注ぎ、次いで白銀の顔へと蹴りを打ち込んでいく。 しかしなかなか思い通りにはさせてもらえず、素早く両の腕を交差させて受け止め、それ以上の進行を阻止してくる。 ならばと引っ込めてから今度は右足を叩き入れるも、彼は的確に軌道を読んで腕を上げ、涼しい顔で難なく防いでしまう。

ともだちにシェアしよう!