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鬼事遊び 〈1〉

一方、芦谷から視点を戻せば、息をも吐けぬ程の激しい攻防戦が幕を開ける。 互いに向き合い、物言わずとも頑として譲らず、再び間合いを詰めていく。 踏み込み、ヒズルの左足が風を切ると、獰猛な影を纏って喰らい付いてくる。 だが出遅れず、冷静に察しながら左足を上げ、同様の攻撃で素早く応戦する。 力がぶつかり合い、生地越しに膝頭が当たるも、音を立てた頃には離れる。 そうして再び、互いに一挙手一投足同じ動きで迫り、先程よりも足を上げる。 バシッ、と太股が音を立てて触れ合い、爪先は互いの顔面を狙っている。 しかし互いに阻んでしまい、有効な一撃にならない事を一瞬で理解し、またしても同時に足を離す。 駄目押しとばかりに再び、互いの左足を瞬時に繰り出そうとするも、僅かにヒズルの素早さが勝る。 「やべっ」 防ごうにも足では追い付かず、掲げられた足が敏速に右から迫り、上体を逸らして後方へと逃げる。 チ、と鼻先を掠めて猛悪な風が過ぎ行き、咄嗟の回避により足元がぐらつく。 二、三と足踏みし、何とかその場にとどまるも、隙を見逃すヒズルではない。 仕留め損ねた左足を下ろし、勢いを殺さずにくるりと転回しながら右足を上げ、回し蹴りで追撃する。 「くっ……!」 避けている暇は無く、腹へと打ち込まれた蹴りを手の平で受け止め、踵を左手で掴んで食い止める。 衝撃が走り抜けるも耐え、腰を屈めて全身で一撃を防ぐと、渾身の力で受け止めていた足を押し返す。 不穏な気配を察し、瞬時にヒズルが身を引いた事で余計に勢いが増し、跳ね返した上体が倒れていく。 目の前でヒズルが体勢を崩し、無様な転倒を願いたいところだが、そう容易く終わる男ではなかった。 音を立てて地へと倒れるも、背中を付ける前に両の肘を付いて起き上がり、反動を利用して足を上げる。 「往生際がワリィな!」 悪態をつきながらも顎を引き、すんでのところで蹴りを躱すも体勢を崩し、後方へとよろけてしゃがむ。 反撃を終え、片方の膝を付いていたヒズルが立ち上がりながら駆け、顔面へと膝が迫ってくる。 避けられない、と思う頃には両の手を出し、抱え込むように受け止める。 直ぐ様拳を握り、上へと繰り出せば手の平で受け止められ、立ち上がりながら攻撃を続けていく。 相手も引かず、隙を突いては拳を叩き込み、時には避けながら打ち合う。 「どういうつもりだ、テメエッ……」 ハァ、と僅かに息を乱し合い、拳を手の平で受け止められながら口を開く。 闇を彩る小夜風が流れ行くも、両者の昂りを静めるには至らず、組み合ったまま間近で視線が絡み付く。 「何の事だ」 「これは何なんだって聞いてんだよ」 「手合わせを願ったまでだが」 「あの野郎の手引きか」 「それなら嬉しいか」 「ハッ、笑えねんだよその冗談」 「アイツと出会ってからまだ日は浅いが、多少は理解しているつもりだ」 「あァッ?」 ぐぐ、と力を込めるも前進叶わず、ヒズルの淡々とした言葉を耳にする。 「アイツは、自分から出ていくタマじゃない。見ての通り気分屋だ」 「それが何だってんだよ。俺には関係ねえな」 「だが、アイツの実力ならお前が一番よく分かっているはずだ。そう簡単に崩せる山ではないと」 「何が言いてえ……」 額に汗を滲ませ、静かなる攻防を続けながら相対し、密やかに会話が紡がれていく。 相変わらず何を考えているのか分からず、風に揺らめく前髪の隙間から鋭い視線が真っ直ぐに捉え、得体の知れぬ不気味さが漂う。 「あの男と、何かあったか……?」 「言ってる意味がよく分からねえな」 「はっきり言われる方がお好みか。なら、いい。お前の仕業だろう、漸のあの傷は」 「傷……?」 意外な台詞に目を見開くも、すぐにも理解する。 今でも彼の口元に燻っているのだろう傷を指し、あらゆる記憶が迫ってくる。 「いきなり何言ってんだテメエ」 「思い当たる節はないか」 「ねえな。つうかアイツ怪我してんのかよ、情けねえな」 「例え油断していたとして、アイツがそう簡単に傷付くとは思えないが」 「随分と評価がたけぇんだな」 「アタマだからな。アイツが倒れたら終わりだ」 「テメエらみてえな群れはとっとと居なくなっちまったほうがいいんだけどな」 「残念だが、そうもいかない」 距離を置いて、渦中の人物から注がれている視線を余所に、掛けられる言葉に窮して思考が渦を巻く。 「お前に殴られたと言っていたが、随分と仲がいいんだな」 口を開くも、何と答えれば良いものか思案し、そうしている間にも根比べは続いていく。 アイツが……、漸が、そう言ったのか? コイツ、何処まで知ってる……。 「何の話か知らねえが、勝手に俺を巻き込むのはやめろ」 「お前くらいにしか出来ないだろう。あの男を殴るなんて」 「知らねえって言ってんだろ。仇討ちでもしてるつもりか? ヘッド様想いのいい仲間だな」 「本当か。お前ではないと」 「違うな」 ニッ、と歯を見せて笑み、熱を纏う身体が暑い。 あの男が、そう易々と手の内を見せるだろうか。 だが仲間なら、全てを伝えるかもしれないけれど、どうしてかヒズルの問いに首を縦には振れなかった。 明かせば自分も危うい、それは尤もなのだが、何故か漸が人に漏らすはずがないと思ってしまった。 明かせば互いに危機となる、それだけのはずだ。 だが、だけれど、言い様のない感情が胸裏で燻り、何なのか分からなくて苛立ちが募ってくる。 信じるなんて、あんな男には最も不似合いであり、死んでも掛けたくはない台詞だ。 それならば一体どういう言葉がふさわしい、胸中でとぐろを巻いている気持ちに答えを与えられず、迷走が深みを増していく。 「嘘をついても何の得にもならないと思うが」 「わざわざ嘘ついて何になんだよ」 「まあ、それもそうか」 「だろ? そろそろ本気出して来いよ。俺に手ェ抜くなんていい度胸してんなテメエ」 「ああ、なんだ。分かっていたか」 「いちいち癪に障る野郎だな。流石はアイツとつるんでるだけの事はある」 「鳴瀬ともつるんでいたわけだが」 「テメエらのこと許してねえからな」 「ああ、分かっている」

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