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鬼事遊び 〈1〉

悪びれもせずに紡がれ、眉根を寄せながら彼を睨み付けるも、相変わらず能面のような表情からは何一つとして読み取れない。 冷ややかな双眸が、先程からじっと此方を見据えて離さず、まるで腹の底を探られているかのようだ。 居たたまれず、視線から逃れたくてたまらず、本当ならば話すらしたくない。 余計な事を言ってしまいそうで、動揺を悟られてしまいそうで落ち着かず、問い詰めていたはずが追い詰められた気分になる。 「何か心配事か」 「テメエらがまた悪さしてんじゃねえかと心配してたところだ」 「そうか。気に掛けてもらって悪いな」 「お前らを捜してた。テメエらに用がある。とっととその手収めろよ。これじゃゆっくり話も出来ねえだろ」 「珍しい事もあるものだな。其処で立ってる連れ絡みか」 「まあな。あっ、アイツ無事だろうな」 「ああ、談笑中だ」 「談笑中? それもどうなんだ……。て、どんな状況なんだよ……」 力が緩んだのを合図に振りほどき、再び間合いを測りながら相対するも、芦谷と漸には未だ背を向けている為に動向が分からない。 耳を疑うような現況に声を上げるも、この目で確かめるには眼前を何とかせねばならず、面倒な事になってしまったと溜め息を漏らす。 周りを見ている余裕もなく、芦谷の安否を気に掛けている事しか出来なかったが、ヒズルの台詞を信じるならば無事のようだ。 首を傾げてしまいたい状況だが、例え漸が相手だろうと芦谷ならきっと大丈夫と信じ、目先の案件へと集中力を注いでいく。 「珍しい組み合わせだな」 「あ?」 「いつから馴れ合ってる」 「……知ってんのか」 「お前も知っていただろう。随分と前から」 「そりゃまあ、そうだけどよ……」 ヒズルが知っていたところで何ら不自然な点は無く、漸のように昨日今日加入している者でなければ、知っていて当たり前とも言える人物である。 「確か族潰しと呼ばれていたか」 「それそれ、後で本人に言ってやれよ。スゲェキレるぞ」 「キレるのか」 「おう、出来れば殴られろ。思いっきり」 「お前も殴られたらどうだ」 「それはお断りだな」 「どうしてだ」 「イテェからだよ!」 暫しの休息を経て駆け、直ぐ様ヒズルも構える。 笑みながら拳を握り、遠慮なく黒髪の青年へと叩き込めば避けられ、右手を上げたヒズルが勢いよく振り下ろしてくる。 繰り出された手刀打ちに腰を据え、頭上に構えた手の甲で受け止め、潜ませていた一方の拳を素早く放つも、顔面に当たる直前で掌を滑り込ませて止められる。 ぐぐ、と拳を掴まれると目前でヒズルが転回し、考えるいとまも与えずに拳を放っていた腕を取り、ハッと気付いた頃には背後を取られる。 後ろ手に取られた右腕を引き寄せられ、一瞬でも気を緩めれば後がないというのにわき上がるのは笑みばかりで、窮地に陥る度に背筋を駆け抜ける感情には恐ろしさよりも愉悦が勝る。 新たに仕掛けられるよりも先に判断し、がっちりと腕を取られて支えられているのをいい事に地を蹴り、飛んで背中から彼の後頭部を蹴りつける。 思わぬ反撃に体勢が崩れ、拘束が緩むと同時に倒れていく身体を立て直し、地へと転がるも直ぐ様立ち上がる。 頭を庇いながら倒れ、立て直そうとするヒズルの元へ駆け、畳み掛けようと蹴りを入れるも両の手で防がれ、足を狙われて再度離れなければならなくなる。 「やるな」 「もうちょっと痛がれよ。効いてんのか本当に」 「今のは効いた」 「ホントかよ……。顔色変わってねえぞ」 「流石といったところだな」 「お前に誉められても気味悪いな……」 「実力は申し分ない。わざわざ測るまでもなかったな」 「あ? 何か言ったか」 「お前に見惚れていた」 「嘘つけ、この野郎。流石に騙されねえよバカ、鳥肌立ったわ……」 じり、と爪先を滑らせながら対峙し、気が付くと景色が一変している。 「無事だったか……」 位置が変わり、視界には漸と芦谷が遠くに映り込んでおり、どうやらヒズルが言っていた通りのようだ。 安堵し、けれども疑問も立ち並び、漸の動向が読めずに釈然としない。 何があったのだろうか、彼等の間に。 「あ、そういえば……」 漸と芦谷、ヒズルの他にも誰かが居なかっただろうかと思い、視界の端へと映り込む姿を捜す。 随分とほったらかしにしていたような気もするが、彼こそ無事でいるのだろうか。 芦谷との間に挟まれ、別件で此処まで一緒に来ていたはずの名も知れぬ輩を捜し、未だに尻餅をついている姿が浮かび上がる。 ちらりと視線を向ければ、恐らく誰よりも一番状況を呑み込めていない様子であり、可哀想なくらいに動揺を滲ませている。 「おい、お前もういいから。とっとと此処から離れろ。巻き込まれるぞ」 とうに巻き込んでいるわけだが、暫くしてからようやく呼ばれている事に気付いたらしく、そろそろと立ち上がるも頼り無い。 「手ェ出すなよ」 哀れな青年を一瞥してからヒズルを見つめ、声を掛ければ視線が逸らされる。 そうして件の輩を見つめてからすぐに目が合い、言葉は無くとも聞き入れられたように感じ取る。 静けさが漂い、早く行けとばかりに手を払い、腰が引けている男を叱咤する。 視線をさ迷わせ、始めの威勢は粉々に打ち砕かれたようであり、辺りを警戒しながら少しずつ離れていく。 消えるまで見届けたかったが、今度はヒズルから仕掛けられて意識が逸れ、拳の打ち合いでそれどころではなくなってしまう。 芦谷も見ているだろうから、漸も下手に手を出したりはしないであろうと考え、少なくとも此処より危険な場所はクラブには無いと判断する。 「ったくよォ! 捜したぜ、お偉方! なァにやってんだよ、テメエらは! あァッ? つうかホント何やってんだ?」 唐突に、数多の攻撃を避けながら聞こえてきた声は、あまりにも突飛過ぎて思考が追い付かず、何が起こっているのかすぐには分からなかった。 「なんだエンジュ、来ちゃったの?」 「来ちゃったのじゃねえよ! めっちゃ捜してたっつの、お偉方!」 「そっか、ごめんごめん。ヒズル、もういいよ」 次いで掛けられた声へ直ぐ様顔を向ければ、近付いてきた漸が手合わせへと終わりを告げる。 それだけでヒズルはすんなりと身を引き、未だ警戒しながらも先程の声がした方へ視線を向けると、見慣れない男が出入り口に立っているのが見える。

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