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鬼事遊び 〈1〉
暫し呆然と、目まぐるしく過ぎ行く状況を見つめ、整理に忙しい様子である。
目が合うと、芦谷はようやく我に返り、傍らに立っていた男に気が付く。
エンジュの登場により、逃げ遅れてしまっていた先程の輩が、同様に呆けながら立ち尽くしている。
三者の注意が逸れているうちに、芦谷が青年へと無言で促し、少しずつ足を忍ばせて離れていく様相を静かに佇んで見守る。
すっかり状況が変わっちまったな、と思いながら芦谷と視線を絡め、だが望んでいた事だと言い聞かす。
そういえばまだ、捜していた者達が目の前に居る事実を、芦谷はきっと知らないのであろう。
だから尚のこと困惑しているのかと察し、悪い事をしてしまったなと感じる。
「お兄さん」
言葉を選んでいると、予期せず漸が振り返り、芦谷へと柔らかに呼び掛ける。
視線を滑らせ、答えずに佇んでいる青年へ、穏やかに漸が話を続けていく。
「そんなところで突っ立ってないで、こっちにおいでよ」
招くように片手を差し出され、芦谷は戸惑いながら視線を泳がせると、目が合って答えを求められる。
応じていいのか、と語られているようで、静かなる問いを感じながら頷けば、すんなりと芦谷が動く。
近付いてくる青年を見つめ、目の前には漸の背中が映り込むも、笑みを貼り付けているであろう事は確かめなくても明らかである。
何を考えているのか、幾度となく自問しても、直接聞いてみたところで時間の無駄であり、分からない。
どれだけ振り回されたらいいんだよ、と悪態をついても、そう簡単に断ち切れる間柄ではすでにない。
芦谷を見つめながら白銀を映し、一言では到底語り尽くせぬ感情を携え、憎らしい相手を自然と思う。
自分は何をしているのだろうかと、時おり酷く虚しくもなる。
「真宮さん!」
「真宮さ~ん! 無事っすか!? て、うわ! 何あの顔触れ!」
何を考えているんだ、と我に返ると同時に扉が開け放たれ、聞き慣れた声に呼ばれて顔を向ける。
「ナキツ……、有仁!」
確認するまでもなく、遠目からでもナキツと有仁であると分かり、思わず声を上げて名前を呼ぶ。
「えっ、アレ、おたく誰!? て、えぇ~!? 逃がしちゃって大丈夫なやつっすか!?」
間が悪い輩であり、今度は有仁とナキツの登場により二の足を踏むも、目前の出口へと彼等を押し退けて駆けていく。
大袈裟に有仁が驚くも、必死に逃げていく青年を見送ってから向き直り、躊躇いもせずに一歩を踏む。
「お前だけではなかったのか」
出入り口を見つめていたヒズルが視線を注ぎ、話し掛けてくる。
「まあな、あいつらが居ると何か不都合でもあんのか」
「いや、丁度いい。どうやら役者が揃ったようだ」
「役者? 何の話だ……?」
「此方もお前達に用があるからな」
用だなんて初耳であり、思い当たる節はないだろうかと巡らせるも、これといって浮かぶ案件はない。
「あっ! テメエあの時の! よォ! クソチビ~! テメエとはマジで久しぶりだな~! 元気かよ!!」
「うわっ! めっちゃ会いたくない奴いる~! つうかチビじゃねえし有仁って言ったっすよね、あの時~! 覚えとけってのゴーグル野郎!」
「ハハハッ! 相変わらず威勢いいなァ、お前! 飯食い行こうぜ!」
「ちょっとなんなんすかいきなり! 馴れ馴れしいんすけど~! で、何処行くっ!?」
仲が良いのか悪いのか、エンジュは大笑いしながら髪を結い、再びゴーグルを額に収めている。
ナキツと肩を並べて歩き、近付きながらも有仁は賑やかに声を掛け、エンジュと忙しなく話している。
「真宮さん、大丈夫ですか?」
「ああ……」
対照的にナキツは、険しい顔付きで歩みを進め、真っ先に声を掛けて次第に早足になる。
「アレ、俺には挨拶してくれないの? 久しぶりなのに」
狭まる距離に、漸が微笑を湛えながら声を掛け、ナキツが視線を向ける。
こんなにも冷え冷えとした双眸をしているのは、漸が居るからなのだろう。
「お久しぶりです。お元気そうで何よりです」
「あの時以来だね。会えて嬉しいよ、ナキツ君」
「心にもない言葉をありがとうございます」
ふ、と鼻で笑う漸を睨めつけるように見つめ、目の前にナキツがやって来る。
「遅れてすみません。まさかこんな事になっているとは……」
「いや、大丈夫だ。それよりよく此処が分かったな」
「はい。騒ぎを聞き付けて向かったところ、通路で倒れている者達を見つけて……」
此処へ向かう途中の通路でヒズルに倒された奴等か、と思いながら話を聞き、ひとまず合流出来て良かったと安堵する。
「何があったんですか、真宮さん」
「何もねえよ、心配すんな。話はこれからだ」
「相変わらず、真宮さんが一番か……。健気だよねえ、ナキツ君て。こんなにも想われていて羨ましいよ、真宮さん」
揶揄するような言葉に、ナキツが黙って視線を向けると、漸はにこりと微笑んで見つめ合う。
仲良くする必要はないが、どうにも相性が悪いようであり、掛ける言葉も見つからなくて立ち尽くす。
「真宮……、一体何がどうなってる」
「芦谷……。悪いな、何から説明すりゃいいんだか……」
頭を悩ませていると、傍らへ芦谷が辿り着き、騒がしい現状を見回しながら声を掛けてくる。
有仁とエンジュに至っては心配するだけ無駄なようで、ヒズルを交えて明らかに無関係な話をしている。
「会いてえ奴等には会えた。後は話をするだけだ」
「会えたって……、こいつらの事だったのか」
「ああ、どうなるかは分かんねえけどな……」
聞いていた芦谷が驚いた様子で見つめ、まじまじと順に彼等を視界に収める。
「場所を移すか。連絡を入れておく」
異色の組み合わせで一時を過ごしていると、エンジュや有仁と語らっていたヒズルが声を上げ、煙草を取り出しながら場所の移動を提案する。
「連絡ってテメエ……、あの野郎じゃねえだろうな!?」
「誰を思い描いているか分からないが、当たりだ」
「適当過ぎんだろオイッ!」
食って掛かるエンジュを無視し、ヒズルが漸を見つめると、白銀は頷いてからあっさりと背を向ける。
「用があると言っていたな。付いてこい」
火を灯しながら語るヒズルを見つめ、彼等の後を従順に付いていく事に躊躇いが生じるも、応じる以外に切り開ける道はない。
一歩を踏み出す事で諾とし、その場にいた全員が動き出して漸を追い、屋内へと戻っていった。
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