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鬼事遊び 〈1〉
「うわ~……、よくよく見るとやばいっすね。この面子……」
分かっちゃいたけど、と付け加えながら有仁が振り返り、そうしてまたすぐにも前へと向き直る。
傍らには芦谷が居り、有仁と肩を並べて歩きつつ、時には会話をしている。
「ここまでは予定通り、ですね……」
有仁と芦谷、そうして更なる行く手には、ヴェルフェの三者が映り込む。
最後尾を歩き、隣に付いていたナキツに声を掛けられ、短く返事をする。
「このまま大人しく付いていっても大丈夫でしょうか」
「絶対に大丈夫とは言い切れねえが、どうやら向こうも話があるみてえだしな」
「わざわざ何の話でしょうか……」
「さあな。まあ、美味い話じゃねえのは確かだろうけどな」
「奴等は一体何を企んで……」
「ナキツ」
ヴェルフェを前に、思案を巡らせているナキツへと声を掛け、視線が絡む。
「心配すんな。……俺がいる」
ふ、と眉尻を下げて微笑めば、ナキツは口を開いたまま押し黙り、何とも言えない表情を浮かべている。
「俺は……」
ようやく紡がれた言葉も、後には続かず沈黙だけが過ぎ行き、そうしている間にも歩は進んでいく。
複雑な表情を浮かべ、視線を逸らされ、俯いて歩くナキツを見つめるも、掛けるべき言葉が思い浮かばない。
何か余計な事を言ってしまっただろうか、と自らの台詞を振り返るも、答えが見付からずに閉口する。
「一体何処まで歩かせるつもりっすか~? まさか俺らを監禁!? しようなんて考えてないっすよね~!? そうなったら戦争っすよ! 戦争!!」
このような状況でも、至っていつも通りに有仁は振る舞い、躊躇いもなくヴェルフェに話し掛けている。
後頭部で両手を組み、後に続きながらも不満を漏らし、辺りを見回している。
先程の場所から屋内へと戻り、通路を進むも爆音轟くフロアには寄らず、現在は階段を粛々と上がっている。
箱庭へと通ずる扉付近では、争いの証拠が生々しく壁や床にこびりついていたが、どうやら哀れな輩達はとうに脱していたらしい。
この目で確かめたわけではないけれど、ヒズルによってきっと凄惨な場が広がっていた事であろう。
「有仁君は、俺達と戦いたい……?」
「うわ銀髪野郎が話し掛けてきた真宮さ~ん!」
微かに楽曲が聞こえるも、足音が響き渡るような場は静かなものであり、有仁の声がよく響いている。
「なんで俺に振るんだよ。言わなきゃ良かったじゃねえか」
「いや決してビビったわけじゃないっすよ! まさか返ってくるとは思わなくてびっくりしたっていうか!」
「ハハハッ! 俺は戦争になっちまったほうが分かりやすくていいけどよォッ! 今からそんなビビってたんじゃやる前から勝敗なんざ見えてるよなァッ!」
「な~に言ってんすかゴーグル野郎! お前なんて端から眼中にねえし!」
「お! 言ったなァッ! よっしゃ今からやるかクソチビッ!」
「オッス決着つけてやろうじゃないすか!」
「やめろバカ……。ンな事する為に来たわけじゃねえだろ」
有仁の背中を小突けば、前方ではヒズルがエンジュの腕を掴んでおり、相手方も争う気は今のところ無いようである。
ヒズルは携帯電話を取り出し、先程から誰かと通話しており、漸は再び前を向いて歩いている。
今夜は争いに来たわけではないが、いつかは彼と争わなければならない。
近いようで遠い、現実に開いている漸との距離を見つめながら、切れ切れに様々な言葉が飛び交う。
すぐにも断ち切れるはずであった、それなのにまだこうして関わり、追い詰める事すら出来ずにいる。
どうしたいのか、分からなくなる。
いや、本当は分かっているはずなのに、それでもどうしてかまだ、彼はこうして先を歩いている。
「安心しろ。例え漸が号令を出しても、今夜は争うつもりはない」
話を終えたらしいヒズルが携帯電話をしまい、背を向けたまま声を掛けてくる
「テメエらは一体何の用なんだ」
「これから話す。お前達もゆっくり話したい事があるんだろう」
「まあな……」
話が分かり過ぎて些か不気味さを感じるも、対話を望むなら好都合であり、その為に接触を試みた。
「つうか、くっそ金髪カマ野郎とナギどうしたァッ?」
「急用が出来たそうだ」
「アァッ? ンなもんどうせくだらねえ事だろうが! 何許してんだよテメエは!」
「言って聞く奴でもないだろう。ナギリも付いている。問題ない」
「大アリだろが! あ~、まあでも、奴の顔見なくていいのは気分いいな」
「寂しいなら素直にそう言え」
「ねえよ!!」
大層盛り上がっている中、聞き慣れない名前に首を傾げ、ナキツと目配せする。
どうやら居るはずであった面子が欠け、何処かへと行ってしまっているようだ。
今は考えても仕方がなく、面々が揃わない方が都合も良い為、割って入る事もなく後に続いていく。
そうしてようやくヒズルが階上に着き、脇に設けられていた扉に手を掛け、舞台を移動する。
「うわあ、何かもう……。クラブのクの字も無いっすね……」
扉を潜れば、眼前には再び通路が広がるも、絨毯が敷き詰められた床に足音を殺され、階下に箱庭があるとは思えない。
「何かもう見るからに悪巧みするべく設けられたとしか思えない部屋が並んでるし……、つうかヴェルフェマン顔利き過ぎじゃないすか」
周囲を見渡し、一つの扉を前に立ち止まったヒズルを見て、有仁が訝しげに声を上げる。
黒を基調とした壁には、くすんだ黄金色の紋章のような図柄が敷き詰められ、静けさが漂っている。
自由に通り抜け、許されているという事からも、此処が本当に彼等の根城であると分かる。
「入れ」
扉を開け、三者は入らずに立ち止まり、先に入るように促してくる。
「うわ何すか気持ち悪い……」
「お客様を先にお通ししてあげないと」
「いつまでそんなかわいこぶりっこしてんすかァ、もうとっくにバレてんすけど」
前を通り過ぎながら有仁が毒づくも、漸は笑みを崩さずに佇んでいる。
芦谷、ナキツと続いて前へ出ると、間近で白銀の微笑を感じる。
互いに視線は絡めず、何を言うこともなく通り過ぎ、個室に入っていく。
入室すれば漸、エンジュと続いて最後にヒズルが踏み入れ、開かれていた扉をしっかりと閉ざす。
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