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鬼事遊び 〈1〉

「何か仰りたい事でも……?」 静かに、けれども確かな怒気を孕ませて、ナキツが漸へと言葉を返す。 眼差しは凍り付き、一身に敵意を浴びせ掛けられていながらも、白銀は変わらずに笑みを湛えている。 思わず止めようとするも、そうして何を言うつもりなのだと困惑し、掛けるべき台詞が見当たらない。 刃を交えているかのような関係に、割って入って何と声を掛ければ両者を納得させ、鞘へと収めさせる事が出来るのだろうか。 「俺……? 別に無いかな。お隣の方が、何か言いたそうな顔してるけど? なァ……、真宮。どうしたの?」 ふ、と笑みながら視線を寄越され、見えないところで拳を握る。 意図が見えず、わざわざ自ら混乱を招くような発言をしてどういうつもりだと、今すぐ胸ぐらを掴んで問い詰めてやりたい。 流されれば思う壺であり、良い事なんて何も無い。 疑念を招くような台詞を裂き、挑発に乗ってたまるかと気を落ち着かせ、態勢を立て直すべく努める。 「確かにテメエらに言ってやりてえことなら沢山あるけどな」 「何……? 聞かせてよ」 「とっとと本題に入らせろ、とかな。いちいち取り合ってたら夜が明けちまうんだよ。テメエも不必要に引っ掻き回すのやめろ」 話しながら煙草を取り出し、一本咥える。 所作が丸見えなので、あえてナキツへと顔を向けたりはしないものの、傍らからは何の反応もない。 動向が気になるも、火を灯して紫煙を燻らせながら、暫し黙り込む。 拒みたくても、視線を上げればどうしても白銀が視界に入ってしまい、本当に嫌な思い出ばかりである。 「用があると言っていたな」 灰皿を引き寄せ、紫煙を遊ばせて息を吐くと、同様に煙草を吸っていたヒズルが会話へ入ってくる。 「ああ、その事なんだけどよ……」 ようやく本題へ入れると、煙草を手にしながらヒズルを見つめ、一方の手で衣服を探る。 例の物を取り出そうと、物入れへと手を突っ込んでさ迷わせていると、不意に扉を叩く音が聞こえてきた。 「来たか」 顔色一つ変えずにヒズルが呟き、何事かと思いながら視線が扉へと集中し、程無くしてゆっくりと開いていく。 まだ仲間を呼んでいやがったのかと、大人しく招きに応じるべきではなかったかと眉根を寄せるも、こうなってしまえば最早出たとこ勝負しかない。 どのような屈強で、ガラの悪い男が現れるかと警戒していると、すぐにもその者の全貌が明らかになる。 「お待たせしてごめんなさい!」 ガチャリ、と音を立てて開け放たれていた扉からは、予想の遥か斜め上をいくような人物が現れ、室内へと視線を向けている。 「なっ……、女?」 思いもよらず、ぽかんと口を開けたまま出入り口を見つめ、其処には見目麗しい人物が佇んでいる。 蜂蜜色の髪は胸元まで伸ばされて緩やかに曲線を描き、容貌からは得も言われぬ色香を漂わせている。 暫くは状況が呑み込めず、どうしてこんなところに現れたのか理解に苦しみ、言葉を失ってただじっとその者を見つめてしまう。 「うわ~……綺麗な人ッスねえ。てっきりどんなむさ苦しい野郎が現れるかと思ってたんすけど、これは予想外ッス……。でも何で?」 たまらず有仁が声を上げ、感じた事を素直に述べながら客人を見つめている。 一室を見渡していた者は、有仁の声に気付いて視線を注ぎ、そうして見慣れない青年を一人、また一人とじっくり眺めていく。 「うっ……! やだ、何、ちょっと……」 そうして両手で口元を覆うと、何事か呟きながら立ち尽くし、何がなんだか分からない様子で見守る。 「よりどりみどりで窒息しそう……」 たっぷりと間を置き、大層気持ちの込められた台詞が響くも、ますます首を傾げるばかりで戸惑う。 何がなんだか、とは思いながらも異彩を放つ人物を見つめていることしか出来ず、そのうち視線がかち合う。 「あっ。ごめんなさいね、名乗りもせず。つい見惚れちゃって……、でも本当たまらないわね……」 ほう、と溜め息をつきながら見回され、いよいよ成す術を失って気まずさに視線を逸らすと、向かいの面々の様子を窺ってみる。 「摩峰子さん、ですよ」 聞き慣れぬ名に、件の人物を指していることに気が付き、まさか女が現れるとは思わず少々困惑する。 それにしても……、急にキャラ変わりやがったぞコイツ……。 まじまじと漸を見つめるも、彼はにこやかに微笑むばかりで多くを語らず、本性を知っている身としては寒気がしてくる。 初対面の時を彷彿とさせ、どうして見抜けなかったのだろうかと今更ながらに思うも、脱ぎ捨てられた仮面の下を知ってしまっているからこその違和感であり、殆どの者には物静かな好青年として受け入れられていくのであろう。 騙されてるぞ、と心で毒づいたところで伝わらず、漸と言えば摩峰子と穏やかに会話をしている。 昨日今日出会ったばかりの間柄とは思えず、それなのにこうして丁重に扱うということは、漸にとって相当利用価値が高く、大切にしたい者なのであろう。 「先日のお話の事で、彼等が快く協力してくれるそうですよ」 「え、本当に!? それならすぐにでも是非お願いしたいわ~! もう! こんなお友達がいるならもっと早くに紹介してほしかった!」 「お気に召しましたか? 腕は立ちますし、見映えも宜しいかと」 「申し分ないわ……。こんな事でもなければ即座に囲いたいくらいね……」 目が点になり、眼前にて繰り広げられている会話に付いていけず、思わずナキツと顔を見合わせる。 次いで奥へと視線を向けるも、何コレと有仁の目が力強く訴えており、預かり知らぬところで勝手に話がまとまっていく。 「すみませんが……、何のお話でしょうか。詳細をまだ聞いていないもので」 口を開くよりも先に、ナキツがやんわりと割って入り、漸と摩峰子の視線が同時に注がれる。 摩峰子の手前、だいぶ言葉を選んだ様子であり、先程よりも落ち着きを取り戻しているように映り込む。 「あら、そうなのね! それなら私からお話するわ! えっと……」 「申し遅れました、ナキツです。まさかこんなに綺麗な方がいらっしゃるとは思わず、とても緊張しています。ご無礼をお許し下さい」 「うっ……、なんていい子なの……。それでいて綺麗なの……、漸君と並べたいわ……」

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