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鬼事遊び 〈1〉
両の手を合わせ、頬へと寄せながらうっとりとした様子で話し、美々しい青年を前に顔を綻ばせている。
蜂蜜色が揺れる度、甘ったるい香りに鼻腔を擽られ、摩峰子へ視線を向ける。
談笑中であり、艶やかな髪の隙間から、耳に飾られているのであろう煌めきが時おり顔を覗せている。
指輪を填め、手入れの行き届いた爪は光沢を放ち、女性らしさが溢れている。
漆黒のスーツに白磁のフリルブラウスを合わせ、踵の高いセパレートを履いており、膝上丈のスカートからはすらりとした足が伸び、有仁よりは背が高いだろうなと密かに思う。
日向よりは、夜空の下が似合いそうな摩峰子は美しく、自分に自信を持って生きている様が見て取れる。
何者なのだろうか、と考えるも不明であり、ただの客人が易々と繋がれるようなヴェルフェではない。
漸の態度から見ても、異性である事以上の理由が含まれているように映り、手放すには惜しい何かしらを有する存在なのだろう。
金か、事情通か、権力か、と思考を巡らせながら紫煙を燻らせ、物思いに耽ってじっと見つめてしまう。
「そんなに見つめられると恥ずかしいわ……」
花を咲かせていた摩峰子が視線に気付き、恥ずかしそうに微笑みながら口を開くと、食い入るように見つめていた事に気が付く。
「あ、悪い」
「いいのよ、そんな! 謝らないで! 寧ろ私にももっとお顔を見せてほしいわ!」
「え? あ、ああ……、どうぞ」
勢いに押され、手を握られて摩峰子が迫り、じっと見つめられて何だかとても気恥ずかしい。
「今夜はどうもありがとう。協力してもらえるなんて本当にとても助かるわ! お名前を教えて頂けるかしら」
「ああ……、真宮だ」
「真宮さん! ん? 真宮さんて……、何処かで聞いたような気がするわね」
記憶を辿り、目蓋を下ろして何事か思い出そうとしており、手を握られたまま見守っているしかない。
「もしかして……、鳴瀬君てお友達いる?」
「鳴瀬……? て、鳴瀬 昂か?」
「そうそう! その鳴瀬君よ~! 貴方が噂の真宮君ね! まさかこうして会えるなんて嬉しいわ! いつもお話聞いてたわよ!」
「へえ、そうか。鳴瀬と知り合いなんだな。でも話って……、アイツ何べらべら喋ってたんだか……」
まさかの名前に、一気に摩峰子へ親しみが溢れ、思わず和らいだ笑みを溢す。
そんな可愛い顔するのね、と漏らしながら摩峰子が目を輝かせ、口元に手を添えてじっと見つめている。
「や~ん、宜しくね! これからも良い関係を築いていけそうだわ! またゆっくりお話させて頂きたいわね!」
「ああ、喜んで」
「あ、そうだ。奥の可愛らしい子達のお名前も聞かせてもらえないかしら」
「おう、そうだったな。手前が芦谷で、奥が有仁。もう分かってると思うけど、コイツはナキツ。宜しくな」
「そうなのね! 本当に端から端まで目に優しい顔触れよねえ……。ずっと見ていたいわ……」
上機嫌に台詞を紡ぎ、奥では一連を眺めていた有仁がテーブルへと身を寄せ、反対側にて寛いでいる男へ手招きしている。
「ちょ、ゴーグルゴーグル。こっちこっち、早く」
「あ? ンだよ、クソチビ~」
「何なんすかコレ、全く意味不明なんすけど」
「あ~、まあそうかもしんねえなァ。ハハハッ」
「ハハハじゃねえしタコ。何ちょっと俺らの事利用しようとしてる? 俺が付いてるからにはそうはいかないッスよ~!」
「あ? ん~利用っつうか……、都合良く働いてくれそうな奴等が現れたから有効活用するっつうか」
「まんま利用じゃねえか。で、何すかまずあの美女」
「あァッ? 男だぞアイツ、しっかりしろよオイ」
「はっ……? いやいやいや嘘でしょ。何処からどう見ても綺麗なお姉さんじゃないすか」
「ハァ~、受け入れらんねえっつうならそれでもいいけどよォ、あのゴリラが野郎っつうことだけは覆しようのねえ事実なんだよなァッ~」
「うっそマジで……? 現実って冷たい……。絶対に真宮さん女子だって思って気ィ遣ってるよ。つうか知りたくなかったわそんな事~!」
身を乗り出し、こそこそとエンジュに耳打ちしながら、有仁が百面相する。
エンジュと語らっている様子には気付かず、未だ摩峰子に手を握られたまま雑談しており、今は一体何の時間なのだろうかと困惑するも、無下には出来ずに会話を繋げている。
「そろそろ事情を説明して頂きましょうか」
ナキツといえば、先程まで摩峰子に見せていた柔和な笑みを潜ませ、厳しい目付きで向かいへ口を開く。
ヒズルと漸が視線を注ぎ、白銀は相変わらず腹の底を探らせぬ笑みを湛え、形の良い唇をつり上げる。
「簡単に言えば、護衛だな」
「護衛……? それは彼女の」
「いや、奴に雇われている者達のだ」
「雇われている、とは」
「奴が経営している店で働いている者達に、危険が及ばないように見張る」
ヒズルが携帯電話を取り出し、液晶へと指を滑らせながら操作し、やがてナキツに差し出してくる。
訝しげに見つめるも、受け取ったナキツが視線を下ろし、映し出されている事柄を確認している。
「時おり変な客が混ざる。お前らの耳に届いているかは知らないが、最近は妙な薬が出回っていてな。被害が出ている以上、奴も見過ごせないというわけだ」
「ボーイ……。そういうお店ですか」
「ナキツ君綺麗だし、稼げそうじゃない?」
揶揄に鋭い視線を向けるも、堪えるような青年ではないと分かっており、携帯電話を主へと戻す。
見た目からは想像もつかないが、どうやら摩峰子はゲイ専門のデリヘルを営んでいるようであり、ナキツは整理するべく頭を働かせている。
「此処も摩峰子さんの城だから、それだけではないんだよ」
「……なるほど。貴方が大切にしている理由がよく分かりますね」
「付き合ってくれるかな……? もちろんそちらのお願いにも、出来る限り応えてあげるつもりだよ」
「よく言いますね。断らせるつもりもないくせに」
空気がひび割れそうな、穏やかな物言いに含ませながらも敵意を隠そうともせず、ナキツは白銀の頭目と真っ向から対立する。
一方、奥では正反対な空気が今のところ流れており、有仁とエンジュが顔を寄せ合って語らっている。
「摩峰子さんの店って何なんすか」
「ほもがえろい事する店」
「え……?」
「ハハッ! スゲェおもしれェ顔してるハハッ!」
「ちょ、バカなんなんすか! 何処までがマジなんだよ!」
「いやマジしか言ってねえっつの」
「うっそ……絶望……」
「ハハハッ! 悲壮感漂い過ぎだろテメエッ! おもしれェッ!」
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