279 / 335

鬼事遊び 〈1〉

有仁を指差し、エンジュが大笑いしながら離れると、再びソファに腰掛ける。 落胆し、溜め息を漏らしていた有仁は、改めて摩峰子を遠くから見つめる。 未だ信じられないような話であり、エンジュにからかわれているだけなのではないかと思ってしまう。 確証は無く、流石に面と向かって問い掛ける勇気も無いので、麗しき人物の性別は闇の中である。 けれども、どちらであっても綺麗なもんは綺麗だよなあと眺めながら、有仁もソファへと戻っていく。 「ナキツ」 「芦谷さん? どうかしましたか」 黙して語らず、入室してから大人しくしていた芦谷が、ナキツに声を掛ける。 流石にナキツも、傍らには態度を和らげて接し、今では芦谷を見つめている。 「悪い。ちょっと場所変わってくれないか……?」 「え? はい、いいですよ」 「悪いな……。お前はこっちに」 「いえ、俺は少し立っている事にします。どうぞ、芦谷さん」 柔らかに紡ぐと立ち上がり、摩峰子に絡まれている横をすり抜けていき、佇みながら芦谷の様子を窺っている。 場所の交換を求め、ナキツが座っていた隣へと移動した芦谷は、特に何を言うでもなく視線を注ぐ。 ナキツの動向は察するも、傍らへ芦谷が移動していた事には気付かず、摩峰子に引き続き絡まれている。 「ああ、そうだな。そういう時は……、ん?」 どうしたらいいのやらと思いつつ、一つ一つに答えながら摩峰子と視線を合わせていると、不意に何とも言えない感触が身体を這ってくる。 一瞬では何が起こっているか分からず、視線を向ければ誰かの手が後ろから回されている。 「おい……、芦谷? 何やってんだよ、お前……」 「アレ、持ってきてるよな」 「アレって……。ああ、アレな。持ってるぜって、それ探してんのか?」 「ああ。ちょっと貸してくれ」 「おう、分かった。分かったからお前……、ちょ、おい何処触ってんだコラ。ハハッ、くすぐってえ……じゃねえよ! 出す! 出すってお前! やめろ!」 「アレ……、おかしいな。こっちじゃなかったか。じゃあ、こっちか」 肩に顎を乗せ、端からの様相を全く考えていないらしい芦谷は、後ろから抱き締めるように腕を回しながらまさぐり、目当ての物を淡々と探している。 ジーンズの物入れを狙い、腰へと絡み付く手が肌を擦り、ついでに髪が首筋を撫でて大層くすぐったい。 会話は成立しているはずだが、どうしてか聞き入れられずに探し物を続けられ、笑いながら必死に止めようとするも効果が無い。 突如始まったじゃれあいに、摩峰子は自然とナキツの傍らへと立ち、目を輝かせて楽しそうに見守っている。 「こ、これだろ……」 「あ、それだ」 心なしか息が上がり、何だかすごく醜態を晒したような気がするも、やっとの思いで包みを取り出す。 視界に収め、芦谷は満足したのかアッサリと離れてしまい、どうしてだろうかどっと疲れが押し寄せてきたような気がする。 何をやっていたんだ俺は……、と擽り地獄から命からがら解き放たれるも、ヴェルフェの手前とても気まずい。 「仲がいいんだね」 「うるせえ」 にこやかに漸が口を開き、視線を向けられないまま悪態をつくと、照れ隠しに机上へ包みを叩き付ける。 視線が集中し、一帯を静寂が通り過ぎていき、まだ少し頬が熱を孕んでいる。 「これって……、同じものよね」 「そうだな。話が早そうだ」 「まさか持っているなんて、どういう経緯かな」 摩峰子、ヒズル、漸と紡ぎ、やはり知っていたと思いながら顔を上げ、再び彼等を視界に収めていく。 「やっぱ知ってる感じすか~。ホント悪いチームっすよねえ」 「誤解しているようだが、それに俺達は絡んでいない」 「一つなら持ってるよ、ほら」 有仁が容赦無く紡げば、顔色一つ変えずにヒズルが答え、漸が懐から全く同じ包みを取り出す。 机上に置かれた代物は、何処から見てもそっくりであり、きっと同じなのであろう事が窺える。 「さっき話に出ていた薬は……、それの事なんだな」 芦谷が口を開けば、向かいでヒズルが頷く。 今回ばかりは、ヴェルフェも追う側のようであり、目的は似通っている。 「此処へ来たのは、それに関する事なのかな」 「ああ……。弟を探してる。コレは、弟が持っていた物だ。何か良からぬ連中とつるんでるみたいで……、見つけ出して手を切らせたい」 「お兄さんて、弟がいるんだ。お名前は……?」 「來。芦谷 來だ」 「ふうん……、來君ね」 考えるように復唱するも、漸の意図は見えない。 「そちらにも事情があったのね。でも、という事は……私達の目的は一緒ね! 正義の名のもとに悪へ鉄槌を下しましょう!」 「あ? 正義だァッ? オイどのツラ下げて言ってんだゴリラ! 新しいギャグか!」 「ちょっと~!? 大真面目なんですけど! てかゴリラって何よゴリラって~! こんな美女捕まえて信じられないわね!」 「テメエの図太さも信じらんねえっつうか第一テメエ女じゃ」 「あ~! 少し大人しくしていてくれないかしら~!?」 「うるせえのはテメエだろ!!」 エンジュが声を上げれば、全力で摩峰子が応戦し、端から端へ言い合いが通り過ぎては響いていく。 「まあ、でも確かに……、協力して互いに不利益はないね。喜んで手を貸すよ。もちろん此方の話にも、乗ってくれるよね……? 摩峰子さん困ってるからさ」 善意を孕ませているようで、実際には無理矢理にでも聞き入れさせるつもりなのだろう事は明らかであり、回りくどい言い方しやがってと嫌気が差す。 だが摩峰子が困っているのは本当で、彼等に染まらぬ彼女は良い人であろうと思うし、手を貸すことで少しでも助けになるのであれば喜んで差し伸べたい。 協力、なんて言葉をまさかヴェルフェから聞く日が来ようとは、何が起こるか分からないものである。 だがこれは一時的なもので、和解するつもりなんて更々なく、それは相手方だって同じだろう。 あくまでも目的を遂行する為、それまでは休戦して手を取り合うだけであり、事が済めばまたいつ消しに行くとも限らない間柄へと戻る。 「分かった、手ェ貸す。その代わり來の件……」 「もちろん、最後まで付き合うよ。安心して……?」 煙草を灰皿へと押し付ければ、漸が微笑みながら紡ぎ、テメエの言葉が一番信用出来ねえんだよと胸の内で毒づく。 言葉では容易いが、このような奴等と果たして、何処まで手を取り合って事を追えるのだろうか。

ともだちにシェアしよう!