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鬼事遊び 〈1〉
エンジュを指差し、同意を求めるように視線を巡らせ、有仁が身を乗り出す。
「ちょっと真宮さんからも何か言ってやって下さいよ、このゴーグル野郎に! どう思うすかコレ!?」
視線を向ければ、つつくようにエンジュを指差しながら、不満げな表情を浮かべている有仁と目が合う。
立ち上がり、一方の手はテーブルへとついており、まだ言い足りないとばかりに口を大きく開けている。
対照的に、向かいでは金髪の青年が朗らかに笑い、楽しそうに過ごしている。
言動は荒っぽいが、今のところ悪意は感じられず、ヴェルフェには珍しい存在のように思えてしまう。
何も知らない、本質が見えていないだけと言われてしまえばそれまでだが、少なくとも三者の中ではエンジュが一番まともに映る。
気付かなかったとはいえ、群れという看板を抜きに僅かながら共に過ごし、強引だけれども気さくで何だか憎めない輩であった。
だからこそ、彼ならばまだ融通が利きそうに思え、例え当てが外れて事が起こったとしても有仁ならばそう簡単には崩れまい。
「まあ……、似た者同士かもな。お前ら」
「え~!? ちょ、なんなんすか真宮さんまで~! こんな筋肉ダルマと一緒にされても迷惑なだけっすよ~! てか俺よか脳筋の真宮さんのほうが絶対相性いいってコレ~!」
「有仁……」
「よろしくゴーグル野郎! 精々俺の足を引っ張らないように頑張りなって感じッス!」
バン、と両の手でテーブルを叩き、エンジュを見つめながら声を上げ、光の速さで切り替えている。
仲がいいな、とヒズルが呟けば、そうだろそうだろと有仁が息巻いており、賑やかな空気に満ちている。
エンジュと有仁のお陰で、もっと重苦しいはずである雰囲気が和らぎ、両者が居てくれて良かったと密やかに考えてしまう。
だが、気の抜けるような和やかな関係は伝染せず、奥の賑わいから遠くかけ離れた冷ややかな沈黙が此処ではずっと流れている。
「これで決まりだな」
奥から視線を逸らし、軽く息を吐きながら言葉を連ね、覆らぬ事であると含ませる。
「真宮さん……」
「何言っても無駄だ。お前とは組ませない」
「守られてるね。羨ましいなあ、愛されて」
「黙れ。横槍入れんじゃねえよ。話はついた」
「そう……? どちらと組もうが構わないけど、全然納得出来てないって顔してるよ? いいの?」
「お前が口挟むことじゃねえだろ。納得出来なくても変えるつもりはねえ」
「それならまあ、いいんだけど。ナキツ君には綺麗なお兄さんが付いてるし、真宮さんにとってはそのほうが安心だよね」
摩峰子の手前、猫を被ってるのであろう白銀が、気遣うように微笑んでいる。
視線が絡み、この世で最も顔を合わせたくない男と相対し、一時的とはいえ手を組む事態に陥っている。
彼と時を過ごすなんて死んでも嫌だが、今は大人しく呑むより他にない。
一体漸は、何を思ってこうして目の前に現れ、笑みを湛えているのだろうか。
分かり合う気もなければ、きっと分かり合えもしないけれど、何処に本当の彼がいるのか未だに分からないでいる。
「……分かりました」
口を閉ざし、想いを巡らせていると不意に、傍らから降りかかる声に気付く。
見上げれば、佇んでいたナキツと視線が交わり、静かに言葉が続いていく。
「貴方の、思う通りに」
何とも言えず、複雑な表情を浮かべながら告げられ、どくりと鼓動が脈打つ。
咄嗟に言葉が見つからず、何か言わなければと思うのに頭が働かず、暫く視線を合わせたまま硬直する。
これでいいはずなのに、一瞬悲しげに映り込んだ表情に胸が痛み、それきりナキツは黙って背を向ける。
「ナキツ? おい」
予期せず一歩を踏み出しかと思えば離れていき、呼び止める声にも耳を貸さず扉を開ける。
聞こえているであろうに、一切応じず出て行ってしまい、ナキツらしからぬ行動に困惑してしまう。
「え、ちょ、なきっちゃ~ん!? トイレ!?」
「お、うんこかァッ?」
「しねえよ流石に! てもう! コイツのツッコミから早く降りたいんすけど……!」
額に手を当てて打ち震える有仁を余所に、思わぬ状況に直面して迷いが生じ、扉を見つめたまま様々な思惑が脳裏を駆け抜ける。
放っておけない、だが此処から離れるわけには、アイツ何考えて、と限りなく巡るも口には出せず、けれどもナキツを一人にはさせられないと一際強く思っている。
「どうしたのかしら、ナキツ君……。何か不快にさせてしまったかしら」
「摩峰子さんは何にも悪くありませんよ。それよりも真宮さん、追い掛けなくていいんですか?」
「え……」
「早くしないと、追い付けなくなっちゃうよ……? 何処に行ったか分からないけど、見失ったら困るよね」
「それは……」
「君が駆け付けてくれたならきっと、彼も喜ぶんじゃないかな。行っておいでよ。此方は此方で、話を進めておくからさ」
優しげに笑まれ、一体何を企んでいるのだと勘繰るも、一切が見えない。
迷っている場合ではない、このままにはしておけないと分かっていても、敵陣を前にしている状況が判断を鈍らせていく。
「真宮」
険しい顔付きで黙し、居ても立ってもいられない身体を押さえ付けていると、傍らから声が掛かる。
見れば芦谷が顔を向けており、何か言いたそうにしている。
「……有仁の事なら任せろ。お前が行くべきだ、真宮」
淑やかに紡がれ、芦谷に背中を押されたことですんなりと腹が決まり、真っ直ぐに彼を見つめる。
頼む、と言うが早いか立ち上がり、周りには目もくれずに大股で進み、忙しなく扉を開けてその場を後にしていく。
少なくとも協力関係にある今ならば、ヴェルフェもそう易々とは手を出せないであろうし、芦谷の言葉にも甘えて来た道を黙々と戻っていく。
「何処に行ったアイツ……」
こんなにも身勝手な行動を取るなんて珍しい、と思いながらも、それを選ばせてしまったのは恐らく自分なのだろう。
顔を合わせても、正直なんて言葉を掛けてやるべきか分からず、けれども此方も引けぬ状況にある。
二人きりになれば流されそうで、どうにもナキツには強く出られないのだが、きちんと話さなければと眉根を寄せる。
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