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鬼事遊び 〈1〉
「それにしても……」
独白し、次第に足取りが緩やかになり、辺りへと探るように視線を巡らせる。
人気は無く、しんと静まり返っており、前後には淡々と道が伸びている。
一室での騒がしさも、ひと度扉を潜れば無きものとなり、とてもすぐ其処で屯しているとは思えない。
悪巧みにはうってつけの場所だな、と思いつつ歩むも、ふと気になって行きとは別方向に進んでみる。
黒き壁に挟まれ、敵陣に等しい事から警戒し、背後を気にしながら散策する。
途中、天井から舐めるように見渡すカメラに気付き、なるべく避けるも不自然にならないよう努める。
そうして行き着いた先にはエレベーターがあり、開けた場所にて立ち止まり、何とはなしに見上げる。
暫く使われた形跡はなく、万が一にもナキツが乗ったとは考えにくい。
注意深く見ると、どうやら地下へと直通らしく、恐らく駐車場から脇目も振らずに繋がっているようだ。
「不信感しかねえな……。と、のんびりしてる場合じゃねえ。ナキツ捜さねえと……」
敵情視察に励んでしまうも、こうしている場合ではないと我に返り、足早に来た道を戻っていく。
おいそれと立ち入れる場所ではない、という事はよく分かり、クラブには何度か訪れていたがこのような存在は知らなかった。
階段にしても、一般人はまず寄り付かないであろうし、わざわざクラブという目的から外れようなんて輩はそういないであろう。
「これ以上ねえくらい、奴等の息がかかった場所か……」
摩峰子が元締め、または程近い人物なのであろう事は明らかであり、漸の態度を見ていれば分かる。
あの野郎……、と思い浮かべれば腸が煮えくり返るも、いけ好かない男と共に有仁や芦谷が居ると思うと、本当に良かったのだろうかと今更ながらに不安が募っていく。
だが出てきてしまった以上は、さっさと件の人物を見つけて連れ戻し、仲間と合流するしかないと言い聞かせながら階段を下りる。
駆け下りていく足音が響き、耳を澄ませるも他に気配は感じられず、ナキツを思い浮かべて突き進む。
間違いなく通ったはずだが、寄り道をしている間に階下へと着いてしまったのか、足音は聞こえない。
ただでさえ、ヴェルフェと関わる事を快く思っていなかったというのに、不用意な言動できっと彼を傷付けてしまった。
だが、それでも覆すには至らず、何を言われても押し通すつもりでいる。
「店か、外か……」
考えながら足を進め、行きよりも遥かに早く見慣れた景色が広がる。
爆音轟く箱庭か、若しくは先程まで一戦を交えていた外だろうかと過り、居なければまた戻ればいいと様子見に伺う。
何となく、そう遠くには行っていないような気がして、かといってフロアに戻っているとも思えず、確信はないけれども予感めいたものが胸にとどまり、やがて辿り着いて扉を開ける。
ギギ、と音を立て、重い扉を開けて顔を覗かせ、辺りを見回してから軽く息をつく。
「ナキツ……」
静かに呼び掛ければ、ばつが悪そうに佇んでいたナキツと目が合い、運が良かったとひとまず安心する。
「何やってんだバカ」
外に出て、再びギギと音を立てながら扉が閉まり、言葉とは裏腹に穏やかな声が風に流れていく。
「すみません……」
相対すれば、程無くして視線を逸らされ、申し訳なさそうに発される。
軽はずみに、このような行動をする青年ではない事くらい、長い付き合いからよく分かっている。
助長したのは自分、だからこそ眉根を寄せて言葉を選び、ゆっくりと彼の元へ近付いていく。
「彼を前にすると、どうにも冷静ではいられなくて……」
「……漸か」
「はい……。頭を冷やすつもりで、思わず出て行ってしまい……、その、本当にすみませんでした」
「いや……、俺も悪かった。気が立ってたしな。こうやって頭冷やせて良かったかも」
夜空を見上げてから息を漏らし、徐に段差へと腰掛ければナキツも倣い、肩を並べて暫しを過ごす。
「此処に居なかったらどうしようかと思った」
「居ましたね……」
「反省しろ」
「すみません」
「ハハッ、まあ居たからいい。お前も結構分かりやすいな」
悪戯な笑みを浮かべ、ナキツを見てから煙草を取り出し、慣れた手付きで咥えてから火を点ける。
真宮さん程では、と聞こえてきたので軽く小突き、すぐにも紫煙が流れる。
そう悠長にもしていられないが、忙しなく片付けていい案件でもなく、ましてや仲間となれば無下になんて出来るはずもない。
「何があっても冷静でいようと、そう……心に決めていたんですが」
ぽつり、と溢され、紫煙を燻らせながら傍らを見れば、ナキツの横顔が映る。
「アイツらとまともに向き合うな。思う壺だ」
「分かっています……。ですが、真宮さんは本当に……アレでいいんですか」
「さっきの事なら……」
「それこそ彼等の……、あの男の思う壺ではないんですか?」
「それは……、だが決めたのはアイツじゃない」
「そんなこと……、何の説得力もありません。でも、分かってはいるんです……。貴方がどんな想いで呑んだかくらい」
「だったら……」
「だから尚のこと嫌なんです。俺じゃなくても、真宮さんは同じことを言ったのだと思います。彼に近付かせない為に、守る為に……」
一筋縄ではいかないと分かっていたが、一室でのやり取りを掘り返され、ナキツは全く納得していない。
思惑を察していながらも、やはりどうしても譲れないようであり、漸でなければここまで止めはしないのだろうと思う。
とうに消え去ったはずの傷跡が疼くようで、すりと密やかに一方の手首を擦り、それがナキツの心にも根深く残っているのだろうと考える。
「何をそんなに心配してんのか知らねえが考え過ぎだ。まだ詳しい話も聞いてねえのに……」
「彼がいるだけで十分ではありませんか」
「言っておくが、俺の気持ちは変わらねえぞ。お前が何言ったって、もう……」
煙草を手に、流れていく紫煙を尻目に語らい、険しい顔つきでナキツを見つめる。
協力するからには、漸を始めとしたヴェルフェと過ごす機会も増える。
ナキツの気持ちは分かるけれど、今は出来るだけ波風を避け、芦谷の手助けをしたいと考えている。
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