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鬼事遊び 〈1〉

視線を逸らされ、思い詰めたような表情を浮かべ、切なる心情を吐露される。 言葉が見当たらず、差し伸べようとした手を押しとどめ、青年を視界に収める。 風が吹く度、柔らかな髪がナキツの額を撫で、時おり彼は目蓋を下ろす。 目前にて、青年も言葉を探しているのだろうか。 薄く開かれた唇は、今にも何かを紡ごうとしているのに、一向に声は聞こえてこない。 「ナキツ……」 耐えきれず、沈黙を打ち消すものの、後へと続くべき台詞が見つからない。 気持ちは嬉しい、けれど素直には喜べず、つくづく自分は何も分かってやれていないと思い知らされる。 俺は、お前に何も返してやれない。 真に欲しがっているものすら、きっと与えられないのではないだろうか。 「すみません。忘れて下さい」 ようやく聞こえた声、我に返って顔を上げれば、いつの間にか彼が見ている。 安心させるように、柔和な笑みを浮かべて、本心を押し殺すように、話題をすり替えてくる。 「時間を取らせてしまいました。そろそろ戻ったほうが良さそうですね」 有無を言わさず、話しながらさっさと立ち上がり、今にも此処から立ち去ろうとしている。 見上げれば、視線を注いでいるナキツと目が合い、にこりと笑い掛けられる。 「真宮さん」 手を差し伸べられ、暫く何にも言えずに見つめ、なかなか触れられずにいる。 気を遣わせ、押し殺させ、そうして自分はいつまでも想いに甘えている。 利用して、一人じゃ耐えきれないから、縋り付いて、一人じゃ押し潰されそうだから、そうして自分は何にも明かさずにだんまりを決め込んでいる。 全てを壊したのは漸だと、思うだけでいいのならもっと気楽でいられる。 迷ってばかりいる、もうずっと前から行き先が分からず、深く考える苦しみから逃れてばかりいる。 「お前の気持ちは嬉しい。お前が居なかったら……、とっくに潰れちまってたかもな。俺」 す、と手を差し出し、彼の指先に触れて、すりと擦りながら言葉を紡ぐ。 答えに窮すると、いつも彼はそれ以上立ち入らず、それでいて離れもせずに側で見守ってくれていた。 「そんな事は……」 「お前は十分強いし、頭も切れる。これ以上立派になられたら、俺の立つ瀬がねえよ。鬱陶しいかもしれないが、もう少しだけお前の事も、守らせてほしい」 ふ、と笑い掛ければ、少し戸惑うような表情を見せ、返答に迷っている。 「じゃないと俺、やる事なくなっちまうだろ。取んなよ」 「でも、俺だって……」 「ピンチの時は頼む。まあ、そんな機会なかなか作ってやんねえけどな」 そっと手を離し、変わらず彼を見上げたまま、好戦的な笑みを湛える。 「芦谷の為に、力を貸してくれ。どうしても俺は、アイツを助けてやりたい」 そうして真摯な眼差しで、ナキツへと声を掛けながら決意を新たにし、一連の件により一層深入りする覚悟を固めていく。 「元より俺は……、真宮さんの力になりたいとずっと思っていますし、芦谷さんの為に何か出来るなら、喜んで持てる力を全て出し切ります。今更、俺にそんな事を言うなんて野暮ですよ。真宮さん」 「……そうだな。そうだった」 柔らかに告げられ、視線を下ろしてから呟き、見通せぬ景色に顔を向ける。 いい加減そろそろ戻らなければ、流石に有仁や芦谷をヴェルフェと居させるにも、不安が募る。 「貴方の優しさを、咎める気なんてないんです。俺はそういう真宮さんが好きですし、それはこれからも変わりません。ただ……」 ぽつり、ぽつりと控え目に、聞こえてきた声に耳を傾け、視線を向ける。 見上げればナキツが、言葉を選ぶように間を空け、そうしてゆっくりと淑やかに言葉を羅列していく。 「あの男には……」 「……漸か」 「……はい。あの男は危険です。本当ならこのまま見送るなんて、死んでもしたくはありません。ですが……、貴方の邪魔をしたくもありません。真宮さん、彼の事をどう思っていますか」 「どうって……、なんだよいきなり」 「憎い……、だけですか?」 「何言って……、そんなの当たり前だろ」 「そう、ですか……。そうですね、変なことを聞いてすみません」 真意の分からぬ問いに、少なからず狼狽える。 何を見て、何を思って、彼はそんな事を聞いてきたのであろう。 惑いを余所に直ぐ様返答すれば、彼はそれきり追い掛けようとはせず、暫しの静寂に包まれる。 憎しみや、怒り以外に一体、あの男との間に何があるというのだろう。 何を感じ、何を疑って、彼はあんな事を聞いてきたのであろう。 笑えているか、杞憂であると、流せているか。 己へ問い掛けても、苛立ちくらいしか白銀を表す感情が見つからない。 それなのにナキツは、そこに何かが隠されているかのように窺ってくる。 考え過ぎだ、そうは思ってもなかなか落ち着けず、無用な焦燥感が絡み付く。 「戻りましょう。真宮さん」 いつの間にか扉へと手を添え、顔を向けているナキツが映り込む。 「先……、行っててくれ。すぐ追い掛ける」 「真宮さん……?」 咄嗟に出た言葉、しまったと思っても後の祭りで、ナキツが訝しんでいる。 戻るつもりが、もう少しだけ気を静めてからにしたくて、思わずそんな事を言ってしまい動揺する。 「悪い……、もう一服させてくれ。すぐ切り上げる」 そんな場合ではないのだが、納得させるように煙草を取り出し、ナキツの前で取り繕える自信が無いから今だけは別行動を求めているとは言えない。 「……分かりました。では先に戻っていますね」 「ああ。すぐ追い掛けるから」 思いの外、すんなりと受け入れられ、少しだけほっとしてしまう。 言わなくていいことまで言ってしまいそうで、気を取り直す時間が欲しい。 答えれば、微笑んだナキツが僅かに頷き、そうして扉を開けて去っていく。 見送ってから、音を立てて扉が閉まっていき、他には誰も居なくなる。 煙草を吸う気なんてなく、ごそりと再びしまい込んでから溜め息を漏らす。 何に対してかは分からない、けれども闇夜を見つめ、こんな事ではいけないと自分を叱咤していく。 強く保っていなければ、白銀とは到底渡り合えないのだから。

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