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鬼事遊び 〈2〉

バタン、と閉まるや否や、秀麗な顔を曇らせる。 後ろ手に触れ、扉へと凭れ掛かりながら、ぼんやりと足下を見つめる。 「避けられたな……」 溜め息が零れ、さらりと髪に肌をくすぐられる。 一枚隔てた向こうでは、未だ彼が一時を過ごしており、一服したいと言ってはいたが果たして本心はどうなのであろうか。 窺うように、ちらと振り返れど外は見えず、頭目の様相は闇夜に包まれている。 けれど、避けられたであろうことは明らかであり、無理もないかと自嘲する。 「なに、やってるんだろうな。俺は……」 言いながら、視線を戻して前を見つめ、何度目かの溜め息を漏らしてしまう。 冷静に、そう言い聞かせていたはずが、蓋を開ければ見事な醜態だ。 結局はまた、彼を困らせて優しさに付け込み、後ろ暗い感情をただ満たしていくだけで何の実りも無い。 側に居て、彼を見ていられればそれで良かったはずなのに、いつからこの手は行く手を阻むようになってしまったのであろう。 行かせたくない、改めて考えるまでもない。 だが頑なな意思は曲げられず、最後には聞き分けの良い子を演じてしまう。 「どうすれば……」 引き下がったものの、納得なんて出来ていない。 ようやく一歩を踏み出し、人気のない通路を歩きながら思考を巡らせ、自然と険しい顔付きになる。 代案を求めようにも、そもそもの事情を熟知していない為に、結果を覆させる妙案が見つからない。 手を組むなんて馬鹿げており、そんな殊勝な一面が奴等にあるとは思えない。 百も承知で、それでも共に歩むしかない状況であり、戦力として考えれば何処の群れよりも心強いであろうことは認める。 頭では分かっており、今後を思案すれば必要不可欠であり、その力はきっと絶大な助けとなるのだろう。 それでも信用は出来ず、常に裏切りの不穏が付きまとう。 「軽率だった……」 表向きだけでも平静を装えていたならば、手立てとなろう話をもっと聞き出せていたかもしれない。 後悔しても後の祭りで、いつまでも不甲斐ない自分を責めるも、あの場から逃げ出した事実は消えない。 もっと律しなければ、と言い聞かせてもなかなか捗らず、あの男を思い浮かべるだけで気分が悪くなる。 戻らなければ、とは思うも気が進まず、冷静でいられるか自信がない。 コツ、と歩を進める度に靴音が零れ、彼と暫しを過ごしていた場所から少しずつ離れていく。 戻るつもりではいるが、もう少し落ち着かせようと横道に逸れ、やがて辿り着いた扉へと触れる。 僅かに開けば、一瞬にして喧騒が溢れ出し、今しがたまでとの差に思わず眉根を寄せてしまう。 箱庭へと踏み入れば、変わらぬ時間が流れており、相変わらず賑わっている。 何処で、どのような話が交わされていたのか、全てが嘘であったかのように音色が洗い流し、悩める心を一瞬浚っていく。 僅かに息をつき、そうして視線を巡らせて人波に紛れ、目的地を求めて黙々とすり抜ける。 程無くして辿り着けば、人気を失うも熱気は消えず、絶えずずっと遠くで重低音が蔓延っている。 それでも多少は落ち着ける、と肩の荷が降り、手洗い場には誰も居ない。 特に何を考える事も無く、ふらりと踏み出して鏡の前に立ち、差し出した手がすぐにもひんやりする。 冷水が指先を流れ、排水口に呑み込まれていく様を見つめ、両の手を洗う。 心地好くて、多少は気が紛れて手を離し、少しして流水が途切れる。 戻らないとな、と再度言い聞かせて気持ちを切り替え、離れようとした矢先に物音が聞こえ、咄嗟に扉へと視線を滑らせる。 「あ」 と、相手から発されて事態を呑み込み、一気に空気が張り詰めていく。 だが、すぐには現実を受け止められず、口を開けど咄嗟に言葉が出てこない。 「なんだ、こんなところに居たんだ。ナキツ君」 立ち尽くしていると、先に声を掛けられる。 目の前には、最も会いたくない男が佇んでおり、巡り合わせを呪うしかない。 青年といえば、相変わらず笑みを湛えており、じっと探るように見つめている。 「真宮さんがさ、心配してたよ? もう会えたかな。君を捜しているはずなんだけど」 じり、と思わず一歩下がり、間合いを測りながら警戒し、予想外の人物を前に言葉を選定していく。 まさかこのようなところで鉢合わせするとは思わず、上での話がどうなっているのか気に掛かり、芦谷や有仁を思い浮かべる。 「……先程会いました」 「そう、ならいいんだけど。で、なんで今は一人でこんなところに居るわけ……?」 「それは、貴方こそ……。上に居たはずでは」 「俺? だって話終わったしさ、誰かさんが拗ねている間にね。だからパートナーを捜しに降りてきてみたんだけど、此処にはナキツ君しかいないみたいだ。惜しいね。アイツ何処にいる?」 一段落ついたのか、どうやら彼は真宮を捜しているようであり、他の面子も今頃放し飼いになっているのだろうか。 長居し過ぎたか、と自分の言動を省みても意味は無く、目先に向き合わなければどうにもならない。 退路は一つ、よりにもよって白銀の背後であり、逃れるつもりはないけれども手痛い状況である。 微笑を孕めど、うすら寒さしか感じられず、何を考えているのか分からない。 だが、決して近付かせてはならない人物であり、それだけで対峙するには十分である。 「言いたくありません」 「どうして……? そんないじわる言わないでよ」 首を傾げれば、銀糸のような髪が揺れ、コツと踏み出して漸が近付く。 詰められたくなく、後退する以外に手立ても有らず、やがて後ろ手に壁が触れて歩みを阻まれる。 「貴方を信じてはいませんから」 「一度は信じてくれたのに……?」 「一生の不覚だと思っています」 「もう信じてはもらえない?」 「愚問です」 「ハハッ、相変わらずはっきり言うね。相当嫌われてるんだなァ、俺。どうしてだろう」 「……白々しいですね」 追い詰められ、目と鼻の先には漸が居り、厳しい視線を投げ付けるもものともしない。 す、と上げられた手に頬を撫でられ、追い込まれている現状では下手に動けず、美々しい青年を黙して睨めつける。

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