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庇護者 1
「心配?」
扉を開け、通路の様子を窺いながら暫く佇んでいると、背後から不意に声を掛けられる。
「誰のことだ」
「決まってるじゃない。漸くんだよ」
「漸? あんな奴のことなんか誰が心配するかよ」
「ふうん、信頼してるんだ」
「そんなんじゃねえ。心配するなら、どっちかっつうと客で来てたアイツのほうだろ」
「え~、あんな奴こそ心配するに値しないでしょ。少しは痛い目見たらいいんだよ」
「少しで済めばいいんだけどな……」
呟いてから再び通路を見るも、先程と変わりなく静けさが漂っている。
やっぱアイツに行かせたのは間違いだったよな……。
今更考えたところでどうしようもないのだが、今頃どうしているのだろうかと気が気じゃない。
後を追い掛けようかとも思ったが、雛姫を置いていくわけにもいかず、彼等の帰りを待ちながら落ち着かない時間を過ごしている。
アイツが無傷で連れて来るとは思えねえんだよな……。
嫌な予感ばかりが頭を過り、溜め息を吐きながら扉を閉めるも、彼等がいつ戻って来てもいいようにと僅かばかりの隙間を空けておく。
「心配しなくても、そのうち帰ってくるって」
「別に心配はしてねえ」
「ふうん、素直じゃないんだから。まあ、いいけど」
「だから違うっつってんだろ」
何度否定してもいまいち効果がなく、一抹の疲労を感じながらベッドの端へと腰掛ける。
じっとしているのは性に合わず、落ち着かない。
だが今は、大人しく漸の帰りを待っているしかなく、多少の気まずさを感じつつも此処で暫しの時を過ごしているしかなかった。
「いやアイツ帰ってくんのか……?」
帰ってこないのでは……?
当たり前に帰って来るものと考えていたが、寧ろ放棄して行方を眩ませている可能性のほうが高いのではとも考えてしまう。
「流石にそれは……、ねえよな。アイツにもそれくらいの責任感は……、あるか? あったか……?」
「さっきから何ブツブツ言ってんの?」
独り言を漏らしていると、隣に腰掛けてきた雛姫に気付いて視線を向ける。
「漸くんて、何でもそつなくこなしちゃう感じだよね。おまけに賢くて美人だし」
「そうか? 単にずる賢いだけじゃねえの」
「二人はさ、どういう関係なの?」
「どうもこうもねえよ。アイツの事なんか大して知らねえし」
「そうなの? あんなに仲良さそうなのに」
「良くはねえだろ」
「そうかなあ。僕、前にも漸くんには会った事あるけど、今日の方が何かこう……、上手く言えないけど空気が柔らかく感じたんだよねえ」
「何だそりゃ……」
猫被ってるからじゃねえの、と言い掛けて思わず口を噤む。
いや何で俺が気を遣ってアイツの秘密を守らなきゃいけねえんだよ……。
とは思うも、彼の裏の顔を思い浮かべながらも打ち明ける気には何となくならず、雛姫と言葉を交わしながら暫しの時を過ごす。
「やっぱ客商売やってるからさぁ、そういう空気には僕敏感なんだよねえ」
「気のせいだと思うけどな」
「え~、そんな事ないよ。凌司くんてば鈍感なんだねえ」
「おいおい、何で急にそんな事言われんだよ」
不満を露わにしたところで、不意に身体を押されてすぐにも柔らかな寝具の感触が背中に当たる。
何が起きたか分からぬまま、目の前には嬉しそうな雛姫の笑顔があり、ますます事態を呑み込めずに混乱ばかりが募っていく。
「おい……、何のつもりだ?」
「漸くんが戻ってくるまで暇だし、ちょっと遊ぼうよ」
「遊ぶって……、そんな場合じゃねえだろ」
「あ、そっか。はっきり言ってあげないと分からないんだっけ。僕、凌司くんとえっちな事がしたいなあ。そのつもりで来たのに、ほら。仕事なくなっちゃったからさ、溜まってるんだよね」
「は……? ちょっと待て。どういう事だ……」
あまりにも衝撃的な事を告げられた為に頭の整理が追いつかず、じりじりと迫る雛姫の肩を押さえながら進行を防ぐ。
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