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鬼事遊び 〈3〉
足音が響き、息づかいを耳にしながら駆け、憂刃を追いつつふと振り返る。
前髪が揺れ、視界を阻まれるも人気は感じられず、当たり前に来た道が暗がりに伸びている。
うっすらと、遠くで街灯が辺りを照らし、先程と変わらぬ寂れた夜が見える。
異常は無し、と胸裏で呟いてから向き直り、憂刃の後ろ姿が再び映り込む。
「雨……、降るかなあ」
見上げれば、未だ踏みとどまっている空が見え、分厚い雲に覆われている。
そんな事を言っている場合ではない、と怒られそうだけれども、どうやら憂刃の耳には入っていないようであり、一心不乱に標的を求めて走っている。
漸の為だけに生きているから、憂刃には敵が多い。
殆どは自ら増やしており、気に入らないものはとことんまで叩き潰し、きっと多くに恨まれている。
そうしてこれからも怨嗟を積み重ね、一体いつまでこのような悪しき行いを続けていくのだろうか。
「声がした! 近いね!」
見つめていると、不意に憂刃が声を弾ませて振り返り、黒髪を靡かせる。
生き生きと笑んで、心底楽しそうに地を蹴っており、心なしか先程よりも速度が増しているように思う。
いつからそんな風に、笑うようになったんだっけ。
振り返れど分からず、悠長に考えている場合ではないのだけれど、憂刃を前にすると思ってしまう。
何がそうさせたのだろう、漸のせい? いいや彼は何にもしていない。
何にも、本当に何にもしていなくて、憂刃ばかりがどんどん変わっていく。
それを、見ているだけの俺は、本当に、これで……
「やめて来ないで……! なんなのよ! あたしが何したって言うの!」
呑み込まれそうな意思が、何処からともなく響いてきた声に引き上げられ、辺りへと視線を向ける。
姿は見えないけれど、確実に近くをさ迷っており、恐らく追い掛けている輩は顔見知りであろう。
再び振り返り、邪魔は入らない事を確認して向き直り、神経を研ぎ澄ます。
集中しなければ、今は余計な事を考えずにただ現実を目の当たりにし、憂刃に降り掛かる火の粉は払う。
目蓋を下ろし、そうしてすぐにも開いて気持ちを切り替え、動向を探る。
「アハッ、いたいた!」
路地の終わり、先を横切っていく姿が一人、程無くして複数が足音を響かせていき、予定通りに目標を檻へと追い込んでいる。
憂刃から一層、上機嫌な声が漏れて速度を緩めず、雑居ビルの裏手をひたすらに駆けていく。
そうして抜ければ、いよいよ懸命に難を逃れようとしている女が見え、度々振り返りながら走っている。
多少は広い道に出て、両側に店が建ち並ぶも中心街から離れている為か、すでに何処も閉まっていてしんと静まり返っている。
声を張り上げても、誰にも気付いてはもらえずに体力を消耗し、計画していた通りに追い込まれていく。
誘導されている事に気付かぬまま、何とかして逃れようともがいている後ろ姿が映るも、網に掛かるのは時間の問題である。
憂刃が踵を鳴らし、先に追い掛けていた仲間が気付いて振り返り、中央を走りながら加速していく。
腰へと腕を回し、上着の下へと忍ばせながらも足は止めず、そのうち棒状の柄を握り締めて取り出す。
先に続いている革紐が、ひと度腕を振るえば音を立てて曲線を描き、バチンとけたたましく鳴り響く。
不穏な気配に女が振り返れば、いつしか先頭を走っていた憂刃が鞭をしならせ、きっと浮かべているであろう笑みと共に狙いを定め、無慈悲に打ち付ける。
「いやっ! 痛っ、なに! なんなんだよ、お前ら! やめてって言ってんでしょ!」
「何言ってんのか全然分かんなァい。オラ前見ねえと追いついちまうぞ! そんなのつまんないよねぇ、もっと楽しませてよ!」
と言いながら鞭を振るえば、涼やかな風を切り裂いて強烈な一撃を浴びせ、言葉にならない悲鳴が漏れる。
それでも立ち止まれず、何とか前へと進むも速度は落ち、とどめとばかりに振るわれた革紐が標的の足へと巻き付き、よろめいて簡単に転倒する。
「あ~あ、もう終わり? ねえ、そいつ連れてきて」
身動き取れない女を尻目に、アッサリと鞭を手離して声を掛けると歩き、鼻歌混じりに空地へ向かう。
緩やかに減速し、やがて足を止めていた仲間が言い付けを守り、追い詰められても抵抗する標的を無理矢理に立たせ、両側から二人で挟んで連れていく。
それを見ながら最後尾を歩き、今にも降り出しそうな夜空の下で憂刃を追い、せめぎあう心には気付かない振りをする。
アイツが望んでいること、だから、俺は手助けをすればいい。
けれど、とヴェルフェを思い浮かべ、危ない橋を渡っている事を肝に銘じておかなければならない。
「ちょっと離して! 離してよ! 離せクソ野郎!!」
「うるせえな黙ってろ!」
「んっ、ん~!」
なかなか気が強く、捕らえられても喚いては手を煩わせ、終いには口を塞がれて連れられている。
引き摺っている鞭を取り、今のところは巻き付いていて離れないので、柄を手にしたまま後を追って物言わず歩いていく。
きっと彼女は、未だに状況を呑み込めずに混乱し、それでも危機を感じて何とか脱しようとしている。
「諦めなよ。どうにもならないから」
淡々と紡げば、手で口を塞がれていた女が振り返り、何か言いたそうに睨んだような気がする。
しかしすぐにも無理矢理、前を向くよう頭を押さえ付けられて視線が逸れ、憂刃を追って空地に入る。
雑草が生え、小石混じりの土に覆われて足場が悪く、奥へ進む程に道路からは見辛い。
建物に挟まれ、絶望的な暗がりに連れ込まれた者は粗雑に解き放たれ、地へと転がされても睨み付けてくる。
ジャリ、と何処からか地を踏み締める音が鳴り、視線を向ければ黒髪が風に靡いており、見目麗しい人物が笑みを湛えて現れる。
一歩近付けば、追われし者は尻餅を尽きながらも後退し、けれどもしっかりと憂刃を睨み付ける。
半ば半狂乱に喚き、小石混じりの土を掴んで投げ付けるも、意にも介さずに歩を進めて近付いていく。
「ちょっとォ、汚れるからやめてくれない?」
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