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庇護者 5

微かに笑う気配がして、馬鹿にされたようで面白くはなかったが、身に纏う空気の変化に少しばかり安心する。 「とりあえずそれ、脱いどけよ。雛姫が戻る前に、やれる事やっちまうぞ」 「とりあえずって何? 俺を脱がそうなんて、真宮ちゃんも大胆になったじゃん。俺に何する気?」 「何を勘違いしてるのか知らねえが……。手当だ、手当! 早くしろ!」 雨に濡れ、血に塗れた袖口は切り裂かれ、衣服を纏っていても痛々しさが込み上げる。 雛姫が戻るまでに傷口の洗浄をするべく声を掛ければ、鏡越しに悪戯な笑みが映り込む。 「はい」 「何のつもりだ……?」 「お望み通り脱がせてあげようと思って。どうぞ」 「は……? 別に望んでねえよ!」 それまで背を向けていた漸が振り返り、洗面台に身体を預けながら楽しげに微笑む。 うんざりしながらも手を掛ければ、彼は大人しくされるがままになっており、何ともいえない状況で衣服のボタンを一つ一つ外していく。 水を含んだ衣類は重たく感じられ、傷口に触れないよう細心の注意を払いながら、薄汚れた衣服を彼から剥ぎ取る。 服は浴槽の縁へと掛け、すぐさま腕を取って傷口を確かめると、鋭利な切っ先で付けられたであろう痕が痛々しく残っている。 しかし、生地越しであったからかそこまで深い傷ではなく、血も夥しい量ではない。 頬の傷に関してはすでに血が止まっており、痛ましい姿ではあるが思っていたよりも軽傷な事に安堵して、備え付けの綺麗なタオルを引っ掴む。 「染みるだろうけど我慢しろよ」 洗面台の蛇口を捻り、彼の腕を取って流水に晒し、こびり付いた血を洗い流していく。 漸は時おり眉根を寄せるも、珍しく文句も言わず、自分の腕が洗われる様子をしげしげと見つめている。 「大丈夫か?」 「真宮ちゃんて、そういう繊細な作業も出来るんだ」 「どういう意味だ、おい」 相変わらず失礼な奴だ、と思いつつタオルを当て、傷口を刺激しないよう丹念に水気を拭き取る。 そうして折り畳んだタオルを腕に巻いて結び、彼に変化がないか様子を窺う。 「なに……? そんなにじっと見つめて」 「いや……、大丈夫なのかと思って」 「痛いって泣いたら、真宮ちゃん慰めてくれる?」 「するわけねえだろ」 「それは冷たいんじゃねえの。こんなに傷だらけになってまで帰ってきたのに」 「心配はしてる。お前がこんな事になるなんて、考えらんねえからな」 素直な心境を述べれば、漸は何を言うでもなく見つめ、感情の機微は読み取れない。 「お前って……、ホント呆れる」 「あ? どういう意味だ」 「そのまんま。お前見てると苛つく」 静かな物言いで、気持ちの行き場を求めるかのように目を逸らした漸が、床に投げ捨てられていた上着を拾い上げる。 衣服の中を探りながら此の身を押し退けて歩き、浴室から出て行った彼はハンガーに上着を掛けると、自由気ままに部屋へと行ってしまう。 「おい、何やって」 「真宮ちゃんも、おいで。隣」 漸を追い掛けて浴室を出れば、彼は寝台に腰を下ろしたところであり、傍らを指差してから手招きをしている。 「行きたくねえ……」 「なァに警戒してんの? ただ座るだけじゃん」 露骨に嫌な顔をすれば、漸が笑みを湛えて軽口を叩くも、言うとおりにはせずに離れたところで腰を掛ける。 「そんなに離れなくてもいいじゃん。俺なんかした?」 「どの口が言ってんだよ」 「すっかり仲良くなれたと思ったのに。真宮ちゃんてば、まだ俺のこと警戒してるんだ」 「お前だって、別に俺に心開いちゃいねえだろ」 軽薄な口ぶりに付き合えば、彼は笑みを浮かべながらも答えを濁す。 本心は分からない、いつもの事だ。 白磁のような肌を晒して、痛々しい傷を刻み付けて、美々しい顔立ちに仄かな影を落としながら彼は静かに微笑んでいる。

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