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庇護者 6
「聞いてもいいか……?」
遠慮がちに、傷付いた彼の様子を窺いながら声を掛け、静けさの中で返答を待つ。
「なに……? 真宮ちゃん」
「その、怪我の事だ」
「ああ、これ……? そんなに気になる?」
「そりゃそうだろ。一体誰にやられた」
「さあ……、知らない奴」
「知らないって……」
嘘か真か、微笑を湛える漸から判別するのは難しく、白銀の青年は隠し事が上手い。
「本当か?」
「なに、真宮ちゃん。俺のこと疑ってんの?」
「信用ねえから当然だよな」
「こんなに誠実なのに」
相変わらず本心の分からぬ笑みを浮かべながら、傷付いた腕へと視線を下ろす。
鋭利な刃で切り付けられた腕には、傷口を覆うように清潔なタオルが巻かれており、今のところ血が滲んでいる様子はない。
応急処置ではあったが、効果があった事に少なからず安心するも、漸をここまで追い込んだ相手には思い当たる節がない。
本当に知らないのか、知っていて嘘をついているのか、目の前で微笑を湛える漸から見極めるのは難しかった。
「アイツは逃げたんだよな」
「アイツ?」
「お前が追い掛けてた奴」
「ああ、アイツ……。捕まえたけど逃げられた。邪魔が入ったから」
「それがその傷の元凶ってわけか……」
雛姫の客であった男を追い詰めるところまではいったが、どうやらそこで思わぬ事態に陥ったらしい。
遠回しではあるが、少しずつ詳細を紐解くヒントを引き出せるように、辛抱強く漸と会話を続けていく。
思えば、彼とこんなにもじっくり向き合うなんて、初めての事のように感じる。
つい先程までと比べれば、漸を取り巻いていた鋭利な空気も和らいでいて、理性的に言葉を交わせている。
真実が何処にあるかは分からないが、会話を続けられるだけまだマシに思えた。
「客の知り合いだったとか?」
「知らねえんじゃねえの。豚みてえに悲鳴上げてたし」
「通り魔的な犯行か?」
「なんか、事情聴取でもされてるみてえ。真宮ちゃん、おまわりさんの才能あるよ」
「はぐらかすんじゃねえよ。こっちは真剣なんだよ」
「そんなに俺の事が気になる……? それとも、俺を切り付けた相手が」
投げ掛けられた言葉に、一瞬の戸惑いを覚える。
自分勝手な男だけれど、傷付いた姿を心配する気持ちに偽りはない。
しかし漸には、他の意図を感じさせるような言葉が紡がれ、それに勝手に落胆するような、諦めるような空気を纏わせている。
「俺はお前を心配してる」
「今夜は随分と熱烈じゃん。真宮ちゃんにしては珍しい。どうしちゃったの?」
「はっきり言わねえとダメなような気がした。それだけだ。でも、今までの事を許したわけじゃねえからな。勘違いすんなよ」
紡がれた言葉を聞いても、漸の表情から真意を察するのは難しい。
しかし選択は間違っていなかったようで、彼を取り巻く空気に殺伐としたものは感じられない。
「真宮ちゃんて、ホント馬鹿だよね」
「喧嘩売ってんのか」
「で? 取り逃がしちゃった俺に、何かお仕置きでもする?」
「ンな事するわけねえだろ……」
「そうなの? 俺だったらするけど」
「お前みてえなあくどい奴と一緒にすんな」
呆れた様子で返答すれば、漸が悪戯な笑みを浮かべている。
確かに彼だったなら、手痛い罰でも与えていそうな気がする。
「真宮ちゃんのせいで雨に濡れたし、風邪引いちゃうかも」
「雨は俺のせいじゃねえだろ。布団でも被ってろよ」
「俺に手ェ出した奴、捜すつもり?」
「見つかるか分かんねえけどな。つうか、そいつって一人か?」
「ぞろぞろいたけど? ゾンビみてえにしぶとかった」
「なるほどな……。多勢に無勢か」
そこまで話して、何となくではあるが背景が少しずつ透けて見えてくる。
恐らく客であった標的を捕らえたところで、その者達に漸が襲われたのであろう。
「お前を狙ってるのか……?」
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