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庇護者 7
問い掛けるも、彼からは特に反応がない。
「何か覚えてねえのか」
「さあ……」
「どんな奴だった」
「そんな事いちいち覚えてねえよ。暗くてよく見えねえし」
「そうか。見てる余裕もなかったか」
「真宮ちゃん、口の聞き方には気を付けような」
いくら語り掛けても、漸からは一向に情報が得られない。
気に入らない相手だが、彼の実力は自分が一番よく分かっており、易々と傷付けられるような人物ではない。
それが今、目の前で痛手を負わされているという現実に、少なからず違和感を覚えている。
白銀の青年は、己の利益になるような事でもない限り、自らの手を汚して身体を張る人間ではない。
そもそも彼ならば、大抵の者は本気を出さずとも返り討ちに出来るだろう。
それに標的を逃がすなんて、傲慢な男のプライドが許すだろうか。
客が居なくなっていた事にすら気付かなかった漸は、相当追い込まれ、得体の知れない何かに動揺していた。
その証拠に、彼は今も情緒が安定していない。
常に不遜で冷酷な、全て見透かすかのように余裕を湛えている青年からは考えられないくらい、感情を荒々しく掻き乱されている。
安い挑発に乗ってしまうのだから、お世辞にも冷静とは言えないだろう。
「何か隠してるよな」
「まさか、真宮ちゃんに隠し事なんて一つもねえよ」
「すらすらと嘘つきやがって」
「そんなに気になるわけ?」
「まあな。お前が無能になる程の相手だからな」
普段ならきっと躱すであろう言葉の一つも、笑みの裏に隠された苛立ちが手に取るように分かってしまう。
「日頃の仕返し?」
「お前が素直に白状しねえからだろ」
「まるで俺が隠し事でもしてるような言い草」
「実際そうだろ。何を怖がってる?」
明らかに空気が変わり、重苦しい沈黙が一帯に影を落としたところで、出入り口の扉が勢い良く開け放たれた音が響く。
「お待たせ! 遅くなってごめん!」
視線を向ければ、救急箱を抱えた雛姫が息を切らしており、慌ただしく駆け込んできた様子が窺える。
「雛姫。ありがとな、助かる」
椅子から立ち上がって出迎え、笑顔を浮かべた雛姫が歩を進めると、目当ての人物を見つけて持っていた救急箱を床に置く。
「あ、応急処置がしてある。もしかして凌司くんがしたの?」
「ああ」
「すご~い! 流石だね!」
「そんな大した事でもねえよ」
とは言ったものの、手当される事の方が多い身としては、ナキツが居たら何て言っただろうなと苦笑いになってしまう。
しかし簡単な応急処置くらいなら身に付いたので、今回のように役立てられて良かったと素直に感じる。
「傷は深くなかった」
「それは何よりだね! この傷パッド貼っておけば大丈夫そうかな」
一見すると湿布薬のような当て物を取り出してから、漸の腕に巻いていたタオルを外していく。
「ホントだ。良かった~! でも痛そう」
「それ貼っときゃ治んだろ」
血が止まっていた事に少なからず安堵し、雛姫が持参した治療薬で十分に解決できそうであった。
「ちょっとあんまりこっち見ないでくれるかな、漸くん……」
「どうして?」
「その顔で見つめられると集中出来ないから~! 手元が狂っちゃうって!」
漸に間近で見つめられて照れたらしい雛姫が、治療に励みながらも大騒ぎで抗議している。
一方で漸は全く悪びれる事も無く、雛姫が傷口に治療用の当て物を貼り付ける様子を眺めている。
「包帯も巻いて……、はい出来上がり!」
「器用なもんだな」
「うちの店には血気盛んなのがいるからね~! 慣れだよね」
あっという間に漸の治療が終わり、傍らで感心していると雛姫がやれやれといった様子で吐露する。
どうやら雛姫の身近には、血の気の多い仲間がいるらしい。
「頬の傷にも何か貼っておく?」
「このままでいいよ。ありがとう」
「そう? せっかく綺麗な顔してるんだから気を付けてよね。もったいない」
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