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庇護者 10
降りしきる雨の中、白銀の青年と肩を並べて歩いていると、彼が悪戯っぽく微笑む。
「そんなわけねえだろ。誰がテメエとなんか。これは仕方なくだ」
「そう言う割には付き合いいいよね。俺だから放っておけない?」
「勘違いすんなよ? テメエが何するか分かんねえから見張ってるだけだ」
「はいはい、どうも。俺の事を甲斐甲斐しく見守ってくれてるわけだ。相変わらず慈悲深い事で」
「ったく、勝手に言ってろ」
早々に匙を投げると、鬱陶しそうに濡れた前髪を掻き上げてから、気を取り直すように辺りへと視線を向ける。
雛姫と別れ、ホテルを後にしてから当てもなく歩いており、周りには照明に彩られた夜の街並みが広がっている。
日が暮れて雨が降ろうとも行き交う人波は絶えず、通りでは自動車の前照灯が夜闇を切り裂くように照らし出している。
昼間に比べればひっそりとしているが、時を惑わすように満ちる煌々とした灯りは、粛々とした夜を感じさせない。
傍らで歩く漸は、取り澄ました表情の裏で何を考えているのだろうか。
「あ」
物思いに耽っていると、小さく零れた声に気が付き、つい視線を向けてしまう。
「なんだよ」
「ナイフ持ってかれた」
「あ? 誰にだよ」
「知らねえ奴」
「知らねえ奴って……、それ付けた張本人か」
頬の傷を指し示すと、彼が小さく頷く。
「つうか、テメエまだそんな物騒なもん持ち歩いてんのかよ。いい加減やめろ」
「いつこうやって狙われるか分かんないし、護身用」
「それで返り討ちにされてちゃ世話ねえな。今までのバチが当たったか?」
「ひどいなァ、真宮ちゃんは。もう少し心配してくれてもいいのに」
「お前に目ェ付けられた奴のほうが心配だ。生きて帰してもらえたのかってな」
「俺のこと何だと思ってんの? そんな酷い事しないって」
「見え透いた嘘つくんじゃねえよ」
護身用だなんて、笑い話にもならない。
そもそも彼には、そんな物必要ないのだから。
「信用ねえなァ。ま、しょうがねえか」
「お前は少し反省しろ」
「反省ねえ……。そしたら真宮ちゃん、俺のこと見直してくれる?」
一歩前に出た漸が振り返り、雨に濡れながら立ち止まって相対する。
「お前が素直に反省するとは思えねえけどな……」
「どうしたら伝わるのかなァ、俺の気持ち」
「そんなの分かんねえよ。まあ、お前次第だよな」
「俺次第、か」
伏し目がちに微笑んでから、夜空を見上げるように辺りへと視線を向ける。
「真宮。今まで悪かった。これなら許してくれる?」
何を言い出すかと思えば、笑みを浮かべていた漸が踵を返すと、風のように軽やかな足取りで離れていく。
不意の出来事で、目で追っていくうちに振り返った彼が笑みを絶やさぬまま、赤信号の横断歩道へと歩んでいく姿が映り込む。
「おい……」
状況が呑み込めないまま呟くも、すぐにも血の気が引いて人波を掻き分け、大声で危うげな青年を呼び止める。
猛然と突き進む車が見えて、彼の行動に気付いた人々の動揺を感じ取りながら、何を考える間もなく道路へと飛び出していく。
「漸……!」
鳴り響く警笛が切迫した状況を知らせ、全速力で駆け抜けた先で佇む漸が振り返ると、柔らかな笑みを湛えている。
脇目も振らずに腕を掴み、中央分離帯へと倒れ込むように避難したところで、真横を自動車が駆け抜けていく。
「ハァ……、はっ……。お前、何考えてんだよ……」
漸を押し倒すような形で見下ろし、冷や汗を浮かべながら息を切らし、今更ながらに背筋が寒くなってくる。
怒りなのか、恐怖なのかも分からぬまま、幸運にも何事も無く済んだ彼を見つめて胸ぐらを掴み、どういうつもりなのか問い質そうとする。
「ハハッ。ホントお人好しだよなァ、お前。ほっときゃいいのに」
「目の前で死なれたら寝覚めが悪りぃんだよ」
「どう……? 伝わった? 俺の気持ち」
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