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庇護者 11
「知るかよ、そんなこと。ふざけやがって……」
胸ぐらを掴んだまま引っ張り上げると、漸が地面に手を付いて上体を起こす。
何事もなく過ぎ行く自動車の前照灯に照らされながら、雨はただ、救いの手を差し伸べる事も無く静かに降り続けている。
「あ~あ、もう使いもんになんねえな。見てよコレ、びしょ濡れ」
「自業自得だろ」
雨に濡れた衣服を眺めながら笑う漸に、眉間に皺を刻んだまま不機嫌に毒づく。
「立て」
「もう行くの? そんなに急かすなよ、怪我人なのに」
「だったら大人しくしてろよ、この大馬鹿野郎」
苛立ちを露わにしながら彼を急かすと、見上げた漸が笑みを浮かべ、次いで気怠そうにゆっくりと立ち上がる。
「これでいい?」
立ち上がった漸と視線を交わし、溜め息を吐きながら地面に落ちていた彼の上着を拾い上げ、怒りを抑え込むように手を引く。
「いいの? まだ青だけど」
「いいから、来い。今度ふざけた真似しやがったら、ぶん殴るからな」
信号機を指し示す漸に構わず、丁度車が途切れた事を確認し、彼を引き連れて足早に道路を横断していく。
「斜めに横切るなんて悪い奴。ねえ、見られてるよ?」
「テメエは黙ってろ」
「はいはい、ご機嫌ななめだね」
「誰のせいだと思ってんだよ。あんな真似しやがって……。一歩間違ったらタダじゃ済まねえんだぞ」
「それなのに何で、お前まで来ちゃうの? タダじゃ済まねえんだろ」
「そんなの知るかよ……。身体が勝手に動いただけだ」
雑踏に紛れながら漸の手を引き、大通りを避けて路地へと入っていく。
このまま闇雲に彷徨う事にも疲れ、休めるところを捜すべく周囲へ視線を向ける。
鼓動はまだ、先程の出来事を忘れられずに早鐘を打ち、最悪の事態を回避出来て良かったと安堵する。
いけ好かない男ではあるが、それとこれとは話が別だ。
どうしてあんな事をしたのか問い質しても、きっと彼から納得するような回答は得られないのだろう。
「仕方ねえ……。アレしかねえか」
人通りは格段に減り、静けさが漂う夜道を歩いていると、視線の先にホテルが映り込む。
背に腹はかえられず、物騒な青年を引き連れながら、そこを目指して雨の中突き進んでいく。
「あそこ入んの? ラブホじゃん」
「仕方ねえだろ。テメエ連れ回すのもいい加減疲れたんだよ」
「ふうん、別にいいけど。俺とあんなところに入っちゃっていいわけ? つうか、もしかしてコレってお誘い?」
「ンなわけねえだろ。長居する気はねえ」
「そっか。まあ、いいよ。入る?」
どうしてこんな事になったのかと、考えたところできっと良い答えには辿り着けない。
観念するように溜め息を吐いて、悪さをしないようにしっかりと彼の腕を掴んだまま、煌めくネオンに彩られた建物を目指していく。
雨は延々と降り注ぎ、冷えた身体を容赦なく濡らし続け、これ以上ない程に最悪のコンディションを強いられている。
「ねえ、そろそろ離してくれない?」
「離したら、お前……」
「もう、しないって。いい子にしてるから……、ね?」
手を離すよう訴えられ、素直に聞き入れるのは癪だったが、彼の言葉に渋々ながらも引き下がる。
「真宮ちゃんてば、力強すぎ。腕が痛いったらねえわ」
「そうでもしねえと、逃げんだろ」
「逃げないって。少なくとも今は……、たぶん」
「全然信用できねえな」
相変わらずの適当な言葉に呆れつつ、次第に近付いてきた外観を眺め、仕方がなかったとはいえもう少しマシな選択肢は無かったのだろうかと今更ながらに後悔する。
「なに? まさか今更迷ってんの?」
「そんなんじゃねえ」
「まあ、休むには十分か。疲れたし、早く行こ」
まるで何事も無かったかのように漸が先を歩き、また何か仕出かされたらたまらないとばかりに後を追っていく。
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