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庇護者 13
沈黙に身を委ね、壁に背を預けながら俯き、独特の浮遊感を味わう。
ほんの一瞬を、気が遠くなるかのように長い一時に感じ、痛々しい程の静寂が漂っている。
しかしそれも束の間で、到着を知らせる音と共に現実へと連れ戻され、扉が開くと同時に閉塞感から一気に解き放たれていく。
「来ねえの?」
いつの間にかエレベーターから出ていた漸が、通路から悠然と此方を見つめている。
問い掛けには答えず、一瞥してから歩を踏み出すと、廊下に出て辺りへと視線を向ける。
「あっちか」
「スゲェ静か。もっとあんあん聞こえてくるかと思ったのに」
「くだらねえこと言ってんじゃねえ」
「意外と壁厚いのかな」
「触んな」
「冷たいなァ。ちょっとしたスキンシップすら許してくれないなんて」
馴れ馴れしく背を撫でる手を払い除け、上部に表示されている番号を確かめながら歩くと、やがて目的の部屋へと通じる扉が見えてくる。
「ああ、此処?」
番号を確かめるべく見上げた漸に構わず、取っ手に触れて押し開けると、何の引っ掛かりもなく室内が露わになっていく。
「開いた……」
「そんながっかりした声出されると傷付くんだけど」
「お前に限ってそれはねえだろ」
出入り口から伸びる通路の先に広々とした室内が見え、壁際にソファが置かれている事に気が付く。
「真宮ちゃん」
「あ?」
「閉じ込められちゃったみたい」
呼ばれて振り返ると、閉ざされた扉の前には漸が居り、お手上げとばかりにひらりと手を振りながらも、どことなく楽しむかのような雰囲気を湛えている。
「うわ、マジだ。開かねえ」
「金払わねえと、ほら」
「そういう仕組みかよ……。しっかりしてんな」
「そりゃそうだろ。こんな事で新鮮に驚くなんて、真宮ちゃんてば可愛いね」
不意に頬へと触れられ、ばつが悪そうに眉を顰めてから顔を背けると、さっさと室内に入っていく。
「ねえ、怒っちゃった?」
「うるせえ」
「部屋広くて良かったね」
「そうだな。お前と離れられていい」
「せっかく一緒に居るのにわざわざ離れる事ねえんじゃねえの」
「なんでわざわざテメエと引っ付いてなきゃならねえんだよ」
「あ、そんな雑に置かないでよ。それ高いのに」
「ここまで持ってきてやっただけでも感謝しろ」
上着を無造作にソファへ投げ掛けると、漸から非難の声が上がる。
それに構う事もなく、確かめるように室内を見渡し、今更ながらに逃げ道を失った諦念からか自然と溜め息が零れていく。
ふと視線を向ければ、漸が上着を収納棚へと掛けているところであり、傍目からは彼が傷付いているようにはとても見えない。
それくらい何事も無く振る舞っているように映り、先のホテルでの言動に比べれば、青年の心情には幾分か落ち着きが窺える。
「それで、どうする? 一緒にお風呂にでも入る?」
「は?」
「そのまんまじゃいられねえだろ? 風邪引くよ」
「一人で行け」
「え~。俺、怪我人なのに。片手じゃ大変なんだけど」
「今服掛けてただろうが」
「それはそれでしょ。全然大変さが違うじゃん」
「ンな事ねえだろ。涼しい顔してんだろうが」
「真宮ちゃんに心配掛けないよう無理してんだって。分かんねえかなァ、この繊細な心遣い」
「テメエが繊細さを語るな」
不毛な言い争いが続き、それでも漸は機嫌を損ねる様子もなく、悠々と洗面所の方へと向かっていく。
そうして程なくすると水の音が聞こえ、浴槽に湯を張っているのだろう事が容易に想像出来る。
「濡れたまんまで気持ち悪くねえの?」
「テメエに言われなくても」
「俺に手ェ出されるかもって心配? そういう可愛いところあるんだ」
「いちいち癇に障る奴だな。テメエの相手する余力なんか残ってねえよ」
投げやりに返答し、不機嫌そうに間合いを詰めると立ち止まり、彼が着ていた服のボタンを無言で一つずつ外していく。
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