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庇護者 15
「なァに考えてんの? 今更後悔しても遅ェよ」
深々と溜め息を漏らしながら佇んでいると、いつの間にか漸が此方を見つめている。
浴槽の縁に肘を置き、頬杖をついて微笑を浮かべ、纏わり付くような視線を注がれる。
「そうだな」
「そんながっかりしなくてもいいのに。ほら、楽しい遊び用意してあげたから。元気出して?」
「お前と何して遊べって? 冗談だろ」
腰を浮かせた漸が縁に座り、浴槽に溜められていく湯を混ぜながら、きめ細やかな泡を掬い出してかざしてくる。
ふ、と息を吹き掛ければ泡が飛び、中には気泡となって浴室を舞い、いくらも経たぬうちに儚く消えていく。
そうして立ち上がった漸が水を止め、じっと此の身を見つめながら近付いてくる。
「逃げないんだ」
「逃げる場所なんて何処にもねえだろ」
「逃げ道があったらどっかに行っちゃうわけ?」
「逃げるかよ」
「えらいなァ、真宮ちゃんは。とっくに音を上げてもいいはずなのに」
静かに言葉を紡ぎながら、差し伸べられた手が頬へと触れ、冷たい感触が八方塞がりの事態を思い起こさせていく。
「さっきのアイツ、気安く触らせたらダメだろ」
「テメエの許可なんかいらねえよな」
「いるだろ、それは。お前さァ……、分かってる?」
頬を撫でていた指先がゆるりと下り、軽く掻くように爪が首筋に曲線を描いていく。
燻るような刺激に思わず身を引くと、目の前で彼が満足そうに微笑んでいる。
そうして力強く腕を引っ張られたかと思えば、抱き留めるかのように青年の手がうなじから髪へと触れ、過敏な首筋を吸われてびくりと肩が跳ね上がる。
「おい……!」
「相変わらず隙だらけ」
背中を叩かれ、脇を通り過ぎていく漸へと抗議するも、青年は気に掛ける事も無く浴室を後にしていく。
振り向いた先には洗面所があり、大きな鏡越しに彼の様子が窺え、無造作にスラックスを脱ぎ捨てる姿が目に留まる。
どうやら本当に風呂へと入るようであり、それにしても躊躇いの無い様子に身動きがとれず、つい彼の行動を目で追ってしまう。
「なァに見てんの? 人の裸をじろじろと。真宮ちゃんてば、えっちなんだから」
「あ? 誰がテメエの事なんか。勝手に言ってろ」
不満を漏らしながら歩き出し、洗面所から離れるべく漸の横を通り過ぎようとすると、不意に腕を掴まれて立ち止まらざるをえなくなる。
「ンだよ」
「どこ行くの?」
「いちいちお前の許可が必要なのか」
「そうそう。当然入るだろ? 一緒に」
「入るわけねえって、お前!」
「はいはい、脱がせてやるから。真宮ちゃんも一緒に暖まろうな。素直じゃねえんだから」
「勝手な事すんなって、おい! 誰が素直じゃねえだ、ふざけんな!」
腕を掴んだところで、為す術もなく衣服を無理矢理に剥ぎ取られていき、あっという間に上半身を露わにされる。
手際の良さに呆れるも、彼といえばどことなく楽しそうにも窺え、最早自暴自棄な思いから何度目かの溜め息が零れていく。
「なんでテメエと風呂になんか……」
「真宮ちゃんは濡れたまんまでもいいわけ?」
「良くねえよ。なんでわざわざテメエなんかと仲良く入らなきゃなんねえんだって話だ!」
「仲がいいからじゃねえの?」
「話にならねえ。ああもう、クソ!」
嫌になりながらも観念して、残りの衣服も脱ぎ捨てると、彼を無視して浴室へと大股で歩いていく。
さっさと済ませてしまおうと蛇口を捻り、シャワーヘッドから注がれる湯を浴び、温かさに身体が心地好く解れていくのを感じる。
濡れた髪を掻き上げ、全身隈無く湯を浴びると、少しだけ思考が冷静さを取り戻す。
「だからさァ……、真宮ちゃん」
何処からか声がして、水を滴らせながら顔を向けようとすると、突如として身体を這う感触に理解が遅れ、一瞬身体が動かなくなる。
「隙だらけだっつってんの」
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