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庇護者 27※
「あっ……、ぜん……、お、まえ……」
どうした、とまでは紡げず、唇からは幾度となく甘ったるい嬌声が零れていく。
眉根を寄せ、目蓋を閉じればより深い悦楽に囚われ、自身からは欲深な蜜が溢れ出す。
今にも果てそうな状況で、だらしなく白濁を撒き散らしながら、汗ばむ身体をどこまでも淫猥に彩っていく。
再び視界に捉えると、様相が一変した漸が映り込み、どことなく薄ら寒さを覚える。
見ているようで、何も見ていないような、何処か遠くを見るような視線が虚ろに見下ろしている。
「はぁっ、あ、う……、どう、した……? ぜん……」
「お前も……、俺から離れるのか……?」
「あ、あぁっ、は……、なんで……、そんな……」
劣情に流されている身では、彼の言葉を冷静に考えることなど出来ない。
だが、それでも違和感はあり、自分の知っている青年からは到底出ないような台詞である。
先程からずっと、譫言のように繰り返される言葉は、どれも悲痛な孤独を彷彿とさせる。
演技と言われたらそうなのかもしれない。
しかし、目の前で不安定な台詞を並べ立てる彼は、情欲に塗れながらもこれまでで一番距離を近く感じさせる。
「また俺を一人に」
消え入りそうな声で呟き、首筋に温もりを感じる。
熱情を孕む手に触れられ、過敏な首筋が刺激を捉える暇もなく、緩やかに締め付けられていく。
「うっ、あ、あ……」
求められながらも、頸部を圧迫されて気道が塞がり、息苦しさから首を絞める手を掴む。
思うように力が入らず、そうしている間にも呼吸は乱れ、半開きの唇からは唾液が溢れていく。
視界がぼやけ、渾身の力で首筋を囚われ、やがて意識が混濁する。
それでも、命の危機に晒されながらも、休みなく求められた身体は快楽を手放せず、寧ろより強烈な快感となって押し寄せてくる。
呻き声を上げ、引き剥がそうと腕を掴むも、遠のいていく意識は苦しみよりも快楽を優先する。
「うっ、く……、ん、んんっ……!」
果てると同時に、頸部の無慈悲な締め付けが緩み、急に息が出来るようになった事に身体がついていけず、大袈裟に咳き込んでしまう。
快感の余韻で頭は回らず、乱れた呼吸を何度も繰り返しながら、首筋はまだ、つい先程までの不穏な感触を覚えている。
徐々に落ち着きを取り戻していく中で、ふと視線を向けた先では彼が、自分の手を見つめながら静まり返っている。
怒りも、悲しみをも閉じ込めたような表情からは、漸の心情を読み取る事は難しい。
ただ虚ろで、何者をも寄せ付けない眼差しだけが、己の行為を思い起こすかのように指を微かに動かしている。
「漸……」
疲労感に包まれながら、そっと青年の名前を呼ぶ。
いつもの挑発的で、傲慢な素振りは一切無く、自分の殻へと閉じこもるかのように黙り込んでいる。
そんな様子を見るに見かねて、他にどうしていいかも分からないまま、気が付けば心許ないその手を引いて漸の身体を抱き留める。
「ハァ……。なんなんだよ、お前は」
何の抵抗もなく、すんなりと覆い被さってきた青年の身体を抱き締め、溜め息を漏らしながら髪を撫でる。
憎たらしい事この上なかったというのに、今では人形のように大人しくなって調子が狂う。
何か思うところがあるのだろうが、それを打ち明ける気はないようで、興味はなくとも振り回されてばかりで身がもたない。
「何とか言えよな……。危うく死ぬとこだったってのに……」
手触りの良い髪を撫で、気力も体力も奪われた身体を暫し休める。
自分でも何故このような事をしているのかは分からないが、まともに考えられる思考は今消し飛んでいる。
どうして漸が、あんな事をしたのか分からない。
少なからず彼も薬の影響を受け、何かに突き動かされたのだろうか。
「いい迷惑だぜ、まったく……」
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