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儚き星々 1
携帯電話を片手に、ぼんやりと液晶を眺めながら、迷うように親指が宙を彷徨う。
目当ての人物から連絡はなく、自分から発信するべきか惑う手が、いつまでも決められずに情けなく固まっている。
今どうしているのだろうかと、いくら考えても安心出来る事はない。
路上で立ち尽くし、何度目かの溜め息を零して、余計な事を過らせないようにする。
しかし上手くいくはずもなく、忌々しい存在と行動を共にしているという事実が、いつまでも脳裏にこびりついて離れない。
「ナキツ」
不意に声を掛けられて、ハッと我に返る。
振り返れば見知った顔が佇んでいて、何か言いたそうに此方を見つめている。
「あ……、すみません」
「どうかしたのか?」
「いえ、何でもありません。行きましょう」
「そうか」
それ以上の詮索はせず、傍らへとやって来た姿を見届けた芦谷が踏み出し、夜の街並みを二人で歩いていく。
「今日は……、何事も無く済んで良かったですね」
「ああ、そうだな」
今しがた、摩峰子の店まで一人を送り届けたところであり、何事も無く済んで良かったと思う反面、複雑な心情も拭えないでいる。
「まあ、その……、気まずい時間ではありましたけど」
「確かにな……。お互い、知らなくてもいい事を知ったな」
「そうですね……」
道行く人々を尻目に、芦谷と肩を並べて歩きながら、つい先程別れた青年を思い出す。
仕事とはいえ、情事の一部始終を盗み聞きしていたにもかかわらず、当人は至ってあっけらかんとしていて、此方だけが気まずさを抱える羽目となった。
嘘か本気か分からぬ誘いを丁重に断り、無事に帰って行った後ろ姿を見届けて、今では芦谷と当て所も無く歩いている。
「真宮から連絡はあったのか」
「え……?」
「それを気にしてたんじゃねえのか?」
「あ……。芦谷さんには、何でもお見通しですね」
「別に、そんなんじゃねえよ。まあ、アイツなら上手くやってんだろ。そんなに心配する事もないんじゃねえの。つっても、それで割り切れんなら苦労はしねえだろうけどな」
静かに紡がれる言葉の端々に、彼なりの気遣いを感じる。
見透かされていた事に気恥ずかしさを覚えるも、芦谷の言葉に救われている自分もいる。
「自分から連絡してみようかとも思いましたが、出来ませんでした」
「掛けたら出んのか、アイツ」
「あまり出ませんね……。気付かない事が多くて」
「やっぱりな。だらしないアイツのやりそうな事だ」
「芦谷さんは、すごく仲がいいですよね。真宮さんと」
「は……? 仲良くはねえだろ」
「いえ、とても仲がいいと思います。羨ましいです」
素直な感想を告げるも、芦谷は納得がいかない様子で眉根を寄せている。
「他に連絡は?」
「有仁から来ていましたよ。あっちはあっちで苦労しているようですが……」
「確かあの、騒がしい奴と一緒か」
「はい。だいぶ振り回されているようですね……」
エンジュと行動を共にしているのだろう有仁を思い浮かべ、少しばかり同情する。
とりあえず文句ばかり送られてきているが、それを言う余裕があるうちはきっと心配いらないのだろうと思う。
「この後は? どうする」
「そうですね……。何も考えていませんでした」
「そうだよな……。とりあえず、この騒がしい場所から出るか」
辺りを見回し、夜にしては賑やかな街並みを尻目に、落ち着ける場所を目指して歩いていく。
「芦谷さんは、この辺に来る事はありますか?」
「いや、全然ねえな。特に用もねえし」
「そうですよね。俺も出向く事はあまりないんです」
幾人とすれ違いながら、芦谷と言葉を交わして歩き、歓楽街の終わりを目指して突き進む。
「アイツと居ると落ち着く暇もねえだろうしな」
「それは……、否定出来ません」
「ナキツにあんまり迷惑掛けんなって言っておく」
「迷惑だなんて……、そんな事ありませんよ。俺も好きで一緒に居ますから」
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