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儚き星々 5
自分でも驚くくらいに、ヒズルの一言一句が苛立ちを増長させる。
傍らに芦谷が居る事を思い出し、胸中で落ち着かなければと言い聞かせながら、無機質な男の声を聞く。
『異常はなかったか』
「ああ」
『そうか。良かったな』
本当にそう思っているのかは甚だ疑問な声音で告げられ、言い返してやりたい気持ちが脳裏を埋め尽くすもぐっと堪える。
良かったなんて、これっぽっちも思ってないだろ。
寧ろ何の成果も無い事に呆れられているような気さえしてきて、やはりこの男とは相性が悪いと思いながらも淡々と声を聞く。
「他からの連絡はあったのか?」
『他、とは』
「真宮さんとか……」
『きていないな』
「そう、なのか……」
『漸に手を焼いているんだろう。そう心配する事はない』
「そういうわけじゃない」
心情を見透かされているようで腹が立つも、ヒズルの言葉に少し安堵してしまう自分もいて、どういう気持ちで彼と向き合えばいいのか未だに分からない。
「皆、無事だろうか」
『人の心配をしている場合か』
「思うくらいいいだろ」
『そう簡単に手傷を負うような奴等じゃない事くらい、お前が一番よく分かっているだろう。無駄な心配だな』
「お前は何でそういう……」
『まだ店の近くか』
「そうだけど」
『一度合流するか』
「しなくていい」
『つれないな』
思い切り怒気を孕んで断りながら、携帯電話を持つ手に力が入る。
しかしヒズルといえば気にも留めていないようであり、相変わらず飄々としていてこちらばかりが腹を立てている。
いつの間にか足下を見ていた事に気付き、視線を上げて行き交う人々を眺めながら、傍らでは芦谷が腕組みをして静かに待っている。
平穏で、賑やかな日常が通りには溢れていて、何事か起きるとは思えない安寧の一時が流れている。
しかしそれは、遠くから聞こえてきた切迫した声によって切り裂かれ、殆ど同時に芦谷と視線を向ける。
『どうした』
「何か、揉めてる……? 女性が、男達に囲まれてて……」
『酔っ払いか』
「そんな感じじゃ、ないな……。あっ、まずい! また後で掛け直す!」
ヒズルの返事も待たずに一方的に通話を切ると、芦谷と視線を合わせてから物々しい一団を追い掛けていく。
「アレは……、どういう状況だろう」
「酔っ払いに絡まれてる感じでもなかったな」
「そうですよね……。もっとこう、不穏な空気を感じました」
「同感だ」
一人で駆けていく姿を遠くに見つめるも、怪我をしているのか足取りが覚束ない。
あれではすぐにも追い付かれてしまうが、こちらも人波をすり抜けての追跡で思うようにいかず、なかなか差を縮める事が出来ないでいる。
「あんな風に追われる理由って、一体何が……」
「さあな。直接聞いてみるのが早いな」
夜の店が建ち並ぶ繁華街なだけに、トラブルもきっと多いのだろう。
しかし見てしまったからには放っておけず、それは芦谷も同じだったようで、追っ手に追い付くべく先を急いでいく。
通行人が多く、追う側もあまり下手に動けないのか、声を荒らげて追い掛けるような事はしていない。
それどころか息を潜めるように散らばりながら、獰猛な獣のように気配を殺して追い掛けている。
「ただのチンピラじゃねえな」
「そうですね……。場慣れしているのを感じます」
「人浚いに慣れているような連中か。物騒だな」
「こちらの件に関わりがあるとは思えませんが、放ってはおけません」
「ああ、そうだな」
ようやく人波を抜けた頃には、男達が全力で追い掛けており、一斉に角を曲がって一人のか弱い標的を追い詰めていく。
遅れては不味いと足に力を込め、芦谷と並びながら先を見据えて追い掛け、彼等が辿った道のりをなぞっていく。
「来ないでよ! いい加減にして!」
逼迫した声が、静まり返った夜には大きく響く。
先程までの賑やかさが嘘のように、一帯を切り抜けた今では物々しい空気だけが取り巻いていて、何かが起きると感じさせるような雰囲気に満ちている。
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