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儚き星々 6
やがて懸命に逃れようとしていた人物は、運悪くも袋小路へと追い詰められる。
芦谷と共に追い付いた頃には、彼女は高く聳え立つ塀を背に後退りしていて、迫り来る集団を前に緊張感を漂わせている。
「アレ? 何か余計な奴等が迷い込んじまってるな」
芦谷と目配せしながら機会を窺っていると、不意に群れの一人が振り返る。
頭を掻きながら間延びした声を上げ、傍らに居た男へと視線を向けるように指し示す。
「何だ、お前らは。見ての通り、取り込み中だ。そのまま回れ右すれば見逃してやる。今すぐ消えろ」
「だってよ? コイツの気が変わらねえうちにとっとと消えな。首突っ込んでもろくな事にならねえぜ?」
対照的な雰囲気の二人が立ちはだかり、更に前方では複数名に取り囲まれた女性が不安そうに見つめている。
「この状況で黙って見過ごせるわけないだろう。彼女を一体どうするつもりだ」
「あ~らら、いいのかなぁ。安っぽい正義感振り翳して後悔する羽目になっても」
どんな事情があるかは分からないが、少なくとも追い詰められた人物は怯えている。
ここまで来て黙って見過ごせるはずもなく、それはきっと傍らにて佇む青年も同じ気持ちだろう。
「アンタら何か関係あんの? コイツと顔見知り?」
「どうだろうと関係ない。彼女から手を引け」
「ハァ~……、なぁんも分かってねえのなぁ。それが出来りゃ苦労しねえっての。やぁっと見つけたのに、コイツ。なあ? 由布」
「見逃せねえってんなら、後は分かるな? お前らもおしまいだ」
由布、と話し掛けられた人物が視線を向け、淡々と非情な敵意をぶつけてくる。
「そいつ一人に寄ってたかって、随分と臆病者の集まりなんだな」
「へ~、言ってくれるなぁ。兄ちゃん、綺麗な顔して口が悪いね。つうか、この状況でそんな事言えるなんて大したもんだ。想像力働いてるか?」
「それはこっちの台詞だ。舐めて痛い目見るのはお前らの方だろ。まだ分かんねえのか」
芦谷が一歩を踏み出すと、後方で控えていた輩が一斉に二人へと近付き、まるでうねる波のように今にも押し出されんとしている。
緊迫した空気の中、芦谷は夜空に浮かぶ月のように凜としていて、このような状況でも落ち着いている様子が窺える。
「大人しく引き下がる気はないようですね」
「そうだろうな。何の罪悪感もなく、こんな事をする連中だ。期待するだけ無駄ってやつだ」
「とすれば、後は……」
「ああ……、正面突破だ」
言葉にすると同時に芦谷が駆け出し、待ち受ける集団へと果敢に飛び掛かっていく。
いきなりの開戦に驚いて目を見開くも、僅かに出遅れながら物騒な輩に立ち向かう。
真宮さんと正反対に思えて、実はすごく似ているかもしれない……。
そんな事を考えている場合ではないが、つい暢気に二人の共通点が過ってしまう。
「あ~あ、アイツ捕まえて終わりだったのに。まためんどくせえ事になりやがった」
「二井谷」
「へいへい、お掃除は得意だからな。まあ、付き合ってやるよ。何処の誰だか知んねえけどよ!」
二井谷、と呼ばれた男が芦谷へと流れ、由布といえば暫く出てくる気がないのか、見張るように人質の前で戦況を窺っている。
その分、彼等にかしずいていた複数の男達が襲い掛かり、突如として一帯は暴力的な空気に支配されていく。
拳を躱して押し退けながら後に控えていた男ごと追いやり、一方から繰り出される打撃を受け止めて弾き返す。
時おり芦谷の様子を窺い、由布の居所を確かめながら輩どもの相手をして、呑まれないよう懸命に抗っていく。
しかし彼等は相当手練れで、一瞬の油断が命取りになるような剣幕で襲い掛かり、一撃一撃に感情の機微が窺えない。
統率が取れ、訓練された強さからは不気味さが漂い、こいつらは一体何者だと得体の知れなさに薄ら寒さを覚える。
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