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儚き星々 8
「状況は」
何も言えずに突っ立っていると、淡々と声を掛けられる。
我に返り、一歩前進してヒズルの傍らに立つと、彼の横顔を密やかに盗み見る。
相変わらず感情の機微を窺えず、何を考えているのか分からないが、少なくとも今のところ敵ではない。
初めて出会った時の事を思い返すと今でも苦々しい気持ちになるが、現時点では味方として隣に立っている。
それが良い事とも思えず、彼に抱く不信感は変わらないのだが、今はそんな事を気にしている場合ではないのだ。
一人で立ち向かうには厳しい最中での援軍を、好機として捉えるしかない。
「詳しい事情は分からないが、彼女が狙われている」
「あの女か」
「ああ。見過ごせなくて追ってきたが、どうにも分が悪い。ただのチンピラとは違うみたいだ」
「そうか。後でじっくり話を聞く事にするか」
彼が何を考えているのかは、到底分からない。
しかし味方でいる事には、悔しいけれども現状では少なからず安心感を抱かせる。
認めたくはないが、自分よりも彼は強く、逞しい。
一人では抗えない無力さへの怒りもあるが、今はそんな事を言っていられない。
「綺麗な顔が台無しだな、ナキツ」
「喧嘩売ってるのか」
「心配しただけだろう」
「お前が誰かを心配する事なんてあるのか?」
「心外だな。そんな冷血な奴に見えていたのか」
「見ての通りだろ」
淡々と言葉を並べ立てるものだから、いまいち身を案じられている実感が湧かない。
素直に返すも、ヒズルはさして気にもしていない様子であり、他愛ないやり取りをしながら立ちはだかる者の相手をしていく。
ヒズルが来た事により、攻撃が分散されて随分とやりやすくなり、冷静に周りを見られるようになった。
「芦谷さん! 大丈夫ですか!」
攻撃を躱し、反撃をしながら芦谷に声を掛けると、大丈夫だとすぐにも返ってくる。
しかし大分苦戦を強いられているようで、依然として二井谷との攻防には終わりが見えていない。
芦谷を気に掛けながらも、目先の敵は隙を与えてはくれず、中途半端に相手をしようものなら返り討ちに遭う。
ヒズルに二人が駆けた事を機に、今のうちに確実に一人は仕留めようと集中し、顔面へと繰り出された拳を躱す。
一旦間合いを計り、次いで再び駆けてきた輩の足を思い切り蹴ると、不意の攻撃に対応しきれなかった男が体勢を崩していく。
しかしすぐにも立ち直り、仕返しとばかりに繰り出された蹴りを足で受け止め、何度か足での攻防を繰り返す。
不意打ちで顔を狙われ、咄嗟に避けた事で体勢を崩し、地へと手を付いて見上げる。
間髪入れずに放たれた中段蹴りを躱して飛び上がり、輩の腹部へと足を叩き入れると相手が背中を向けてよろめく。
それで終わらず、男が振り向きざまに回し蹴りを狙っている事を察し、何を考える間もなく駆け込んで飛び掛かり、首に腕を回しながら反動で地面へと身体を叩き付ける。
双方立ち上がりながらも輩の首から腕を離さず、屈強な男に飛び付いて足を巻き付け、渾身の力で両腕を首に回して圧迫する。
死に物狂いで相手も抵抗していたが、やがて根負けした相手が気を失い、急に力が抜けて倒れ込む男と共に地へと崩れていく。
「はぁ、はっ……」
荒く呼吸を繰り返しながら汗を拭い、何とか一人を片付けた安堵感に包まれるも、すぐにも現実を思い出して辺りを見回す。
心配そうに見守る彼女と目が合い、傍らにて立つ由布は眉一つ動かさずに静観している。
乱れた呼吸を整えながら視線を動かせば、二人を相手取るヒズルの姿が映り込む。
元は敵ながらも今だけは味方という複雑な関係に、気に入らないながらも戦況から視線を逸らせず、ヒズルが劣勢に立たされないか気になってしまう。
しかし彼からは動揺も、不安も感じさせず、いつもと変わらぬ振る舞いで輩と対峙しており、何事も無かったかのように拳を交えている。
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